前回、前々回の「ウソつきの行動」で挙げたウソのサインを示す行動を、ウソをついている疑いがある人物が取ったとしても、その人がウソをついていると結論付けるには慎重にならなければいけません。人の動きには個人差―主に個人特有の癖―があるため、ウソのサインだとされる動きを常日頃から頻繁にとる人もいます。そのため、ウソのサインとされる動きが、その個人特有のものなのか、もしくは、ウソをつくことから生じた動きなのかを区別する必要があります。
そこで重要となってくるのが、取り調べ対象者のベースラインというものを構築するということです。
通常、取り調べの場面で、問題の核心となる話(以下、取り調べの話題と呼びます)に進む前に、差しさわりのない話題を相手に問いかけ、そうした話題について話をしているときの相手の動きをベースラインとして構築する方法が推奨されています(Inbau, Reid, & Buckley, 1986; Inbau, Reid, Buckley, & Jayne, 2001)。差しさわりのない話題を話しているときの動きをベースラインとします。この動きと取り調べの話題を相手が話しているときの動きとを比較します。これは、ベースラインからの乖離を観察し、ウソのサインが単なる個人的な癖なのかそうではないのかを見極めようとする方法です。
しかしこの方法には問題があります(※)。この方法によって区別できる個人差と区別できない個人差が生じるのです。取り調べの話題と差しさわりのない話題での動きを比較することは、実は全く比較になっていないのです。比較する状況が全く異なっているからです。嘘をついている人も正直な人も、取り調べの話題と差しさわりのない話題では、二つの状況において異なる行動をとることが知られています(Vrij, 1995)。正直な人も自分が疑われていると思えば、心理的負担を感じ、差しさわりのない話題を話しているときとは異なる行動をとるのです。また証言の信憑性を高めようと頭を使うことで認知的負担も高まり、認知的負担に関わる動きをとることもあり得るのです。
それでは適切にベースラインを構築するにはどのようにすれば良いのでしょうか?
長くなってきたので、次回に続く、です。
※核心となる話題に移る前に差しさわりのない話題を話し、後者の話題のときに相手の一般的な癖(例えば、鼻水をすするとき、鼻の周りにしわを寄せ、「嫌悪」表情をつくる人もいる)を観察しておくことはできるので、通常とられているベースラインの構築法が全く意味のないものだというわけではありません。また取り調べ相手との関係構築(ラポール)の形成という意味では、核心話題に移る前に差しさわりのない話題を問う方法は有効です。
清水建二
参考文献
Inbau, F. E., Reid, J. E., & Buckley, J. P. (1986). Criminal Interrogation and Confessions (3rd ed.). Baltimore, MD: Williams & Wilkins.
Inbau, F. E., Reid, J. E., Buckley, J. P., & Jayne, B. C. (2001). Criminal Interrogation and Confessions (4th. ed.). Gaithersburg, MD: Aspen Publishers.
Vrij, A. (1995). Behavioral correlates of deception in a simulated police interview. Journal of Psychology, 129, 15-28.