昨今、「店員さんに聞く前に、まずAIに聞く」という行動が広がり始めています。
宿研の調査では、2025年夏に国内旅行を終えた1,000人のうち、
32.6%が宿泊先探しに生成AIを活用していたことがわかっています。
JTB総合研究所の調査でも、週1回以上生成AIを使う人の77.8%が、
旅行関連で生成AIを使った経験があり、今後使いたい用途には
「旅行先のグルメ情報検索」が含まれていることもわかっています。
つまり、ホテルのフロントやレストランのスタッフに
「おすすめはありますか?」と聞く前に、
すでにAIから候補を受け取っているお客様が増えつつあるのです。
それでは、AI時代の接客において、人間の役割は何でしょうか。
具体的な場面から考えてみましょう。
チェックイン時や荷物預かり時の一コマです。
ホテルスタッフ:今日は、どちらへ行かれる予定ですか?
お客様:このコースで回ろうと思っています。AIが提案してくれました。
ホテルスタッフ:素敵なコースですね。
さて、ここからどんな対応を続けられるでしょうか?
お客様が急いでいる、コミュニケーションを望まれていないような場合は、
笑顔とともにお送りすればよいでしょう。
「今・ここ」の微調整と経験を共有する接客
一方、少しお話ができそうな場合は、
その地域にいるからこその情報を提案するとよいでしょう。
お客様が関心を示せば、そこに自身の経験を共有するのもよいと思います。
営業時間、人気メニュー、人気観光地などの情報は、ネット検索やAIで十分です。
こうした情報提供型の接客は、AIに代替されやすいでしょう。
一方、その日の天気、混雑、移動の疲れ、お客様の表情、同行者の年齢、
荷物の量、服装、時間的余裕などを含めた「今・ここ」の調整は、人間の強みを活かせます。
たとえば、
「素敵なコースですね。ただ、今日はこの時間帯だけ混みやすいので、
先にこちらへ行くと楽かもしれません」といった提案です。
お客様が選択したAI提案のコースを現場の情報と身体感覚で微調整する。
ここに人間接客の価値があります。
さらに、お客様に興味・関心表情が浮かぶようでしたら、
「私も以前、ここを訪れたのですが……」
と自身の経験を共有すると、心が通った接客になるでしょう。
自分の経験と感情を添える。
ここにも、人間接客の価値があります。
生成AIに代替できない感情労働
ただし、善意の提案でも何らかのトラブルが生じ、
クレームに発展することもあるかも知れません。
昨今、人件費や人間の感情労働のコストを下げることを目的として、
AIがお客様相談窓口でクレーム対応を担う場面も増えています。
しかし、その活用には注意が必要です。
AIが感情に寄り添おうとするほど、かえって反発を招く場合があるからです。
Han, Yin, and Zhang(2026)は、サービス失敗後のカスタマーサービス場面で、
チャットボットが顧客のネガティブ感情を認識し、それに共感的に応答した場合の反応を検討しています。
実験の結果、チャットボットの共感的応答(例:「お客様のお気持ち、お察しします」)は、
顧客を落ち着かせるどころか、心理的リアクタンス、つまり「自分の感情領域に踏み込まれた」
「コントロールを奪われた」と感じる反発を引き起こす場合があることが示されました。
身体を持たないAIに、
「お気持ち、お察しします」
と言われても、白々しく感じられてしまうでしょう。
AIは疲れません。痛みも感じません。イライラや喪失感を体験することもありません。
だからこそ、お客様の怒りや不満が強い場面では、AIによる共感表現が、
かえって「わかったように言わないでほしい」という反発につながることがあるのです。
特にクレーム場面では、お客様は単に答えが欲しいのではありません。
「自分の不快感を軽く扱われたくない」「責任の所在を曖昧にされたくない」
「形式的な謝罪で流されたくない」「人として扱われたい」
そう感じていると考えられます。
ですので、誠心誠意の謝罪は、身体を持つ人間が必要なのです。
人間は身体を持っています。だからこそ、心の痛みに共感できます。
だからこそ、謝罪を表情に示す、深く頭を下げる、声を落とす、
一歩引く、黙って待つ、といった身体的なふるまいを通じて、
言葉以上の誠意を伝えることができるのです。
クレーム対応で求められるのは、共感的な言葉を並べることだけではありません。
お客様の表情、声の強さ、沈黙、視線、姿勢、距離感を見ながら、
今は謝るべきか、説明すべきか、待つべきか、責任者につなぐべきかを判断することです。
AI時代の接客係は、AIより多くを知っている人ではありません。
お客様の状態を見て、情報・感情・場の空気を整えられる人です。
AIが答えを出す時代だからこそ、人間の接客には、
その答えを「今・ここ」のお客様に合う体験へと変える力が求められているのだと思います。
参考文献
株式会社宿研(2025)「生成AIで宿探し、旅行者『3人に1人(32.6%)』│2025年夏旅行の最新実態調査」2025年9月25日。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000042.000019164.html
JTB総合研究所(2025)「生成AIの利用と旅行についての調査・研究レポート」2025年8月19日。
https://www.tourism.jp/tourism-database/survey/2025/08/tourism-ai/
Han, E., Yin, D., & Zhang, H. (2026). Bots with empathy: Reactance against emotion-aware AI agents in customer service. MIS Quarterly. doi:10.25300/MISQ/2026/18683

