清水建二の微表情日記

空気を読むを科学する研究所代表の清水建二が、表情・微表情を起点にAI・オンライン時代の人間理解と対人コミュニケーションを科学的に考えるブログ

『VIVANT』第2シーズン表情解析監修者の語りーあなたの考察に微表情は含まれているか?

 

TBS日曜劇場『VIVANT』第2シーズンで表情解析監修をしています。

私の監修した場面が第14話(816日放送)に初登場しました。

本日は、その場面をとり上げ、ドラマのリアルやセリフが生み出された背景を記したいと思います。

 

作中では、乃木から「新庄の死亡」を知らされた佐野の反応と、

「拉致を実行させたのは野崎だ」と告げられた際の佐野の反応を比較し、

AIハヤトが次のように説明する場面があります。

 

「先ほどのベースライン反応と比べ、変化のタイミングが遅く、意識的に行った状況下の数値が出ている」

(放送では「先ほどのベースライン反応と比べ、変化のタイミングが遅く…」の後、

司令官の「一目瞭然」というセリフが入り込みます)。

 

素の反応をベースラインとして取得する

 

「新庄の死亡」を真に初めて知った佐野、すなわち、佐野の素の非言語反応。

AIハヤトはこれらをベースライン(基準値)として取得します

 

乃木が知りたいことは、

「拉致を実行させたのは野崎だ」という情報を佐野が知っていたか否か。

AIハヤトは、佐野のベースライン反応とこの情報を聞いたときの佐野の反応を

比較し、ベースライン反応との乖離から疑惑率を推定しているのです。

 

こうした虚偽推定の方法は本当にあるのでしょうか?

 

あります。

 

いわゆる嘘発見器、正確には、ポリグラフ検査の中の

「隠匿情報検査」(CIT : Concealed Information Test)

あるいは「有罪知識検査」(GKT : Guilty Knowledge Test)の応用です。

 

ただ、これは人間の専門家が質問事項を試行錯誤し考え、

ポリグラフ装置を用いて行うものです。

 

それでは、作中のAIハヤトのように

虚偽推定をしてくれるシステムは実在するのでしょうか?

 

AIハヤトは実在するか?

 

ウクライナとロシアの戦争が発生する前のことです。

虚偽推定システムを扱うロシアの企業に、調査会社を間に挟み、

「真実か嘘を供述している人物」が映っている複数の動画を

解析してもらったことがあります。

 

解析対象は、動画に映った人物の脈拍、表情、呼吸の3指標。

 

解析の結果、

解析可能な動画と解析不能な動画が混在していました。

解析可能な動画は、例外なく、ベースラインが存在する(取得できる)もので、

高い精度で真偽を区別することに成功していました。

 

AIハヤトのように人工知能がこちらの意図を汲み、

ベースライン比較し、虚偽推定してくれるシステムではありません。

 

しかし、この高精度の虚偽推定システムと、

発展目覚ましい現在のAIを組み合わせれば、

AIハヤトと似たものに近づける、否、

同様のものはすでに実在しているかも知れません。

 

微差は大差

 

こうした科学知見と経験を背景に

冒頭のセリフ、「先ほどのベースライン反応と比べ~」は作られたのです。

何本か用意したセリフの中でも最も専門的な言い回しが採用されました。

 

制作チームのこだわりが凄いですよね。

一行のセリフ、場面に込める熱量。

『科捜研の女』『最後の鑑定人』の監修のときも同様でしたが、

こうした微差の積み重ねが大差となるのだなと感じました。

 

15話以降は、どんな「微」が登場するでしょうか?

引き続き、『VIVANT』をお楽しみ下さい。

 

おまけ:

この度、私の元へ『VIVANT』チームから監修依頼が来たのは、

私が防衛省情報本部の外部研修講師を長年務めていたからでしょうか?

監修はカバーストリーで、真の目的は情報要員の微表情トレーニングの内容を

探りに来た某国スパイ!ヒューミントか!?

 

冗談です。ドラマを観過ぎました。

そんな日常の出来事でも深読みしてしまうくらい思考の癖に侵入する

VIVANT』の世界観。おススメです。まだ観てない方は、是非。

 

AI時代の情報検索・収集法の落とし穴―生成AIは「要約が得意」と言われるけれど

 

私は生成AIを使わない日はない、

と言っていいくらい、ほぼ毎日使っています。

利用法の一つに学術知見の収集があります。

あるテーマについてどんなことが科学的にわかっているか知りたい。

そんなとき、AIに学術論文の検索と簡単な内容の紹介をお願いします。

 

表情から健康状態や治療経過を推定する研究はないか調べていたときのことです。

AIはいくつかの論文とその内容を教えてくれました。

 

AIはどんなふうに論文を紹介してくれたか?

 

AIの回答

――――――――――

Bailey, G., Halamová, J., & Vráblová, V. (2023). Clients’ Facial Expressions of Self-Compassion, Self-Criticism, and Self-Protection in Emotion-Focused Therapy Videos. International Journal of Environmental Research and Public Health20(2), 1129. https://doi.org/10.3390/ijerph20021129

この論文は、感情焦点化療法(EFT)の実際のセッション映像を使い、クライエントが「自己批判」「自己慈悲」「自己防衛」を表しているとき、顔にどのようなAction Unit(AU)が現れるかを自動表情分析ソフトiMotionsで調べた探索的研究です。著者らは、自己批判では怒り・軽蔑・恐怖、自己慈悲では悲しみ・幸福・怒り、自己防衛では怒りを中心に複数感情に関連するAUが混在すると解釈しています。

――――――――――

※AUとは、顔面筋の動きの単位を意味します。

 

面白そうと思い、論文を入手し、読んでみました。

すると驚くべきことがわかりました。

 

論文を読んでわかった結果と考察の大きな乖離

 

論文の実験結果パートにおいて自己批判時には、

「AU1、AU2、AU7、AU12_smirkの出現がベースラインと比較して有意に増加し、

AU5、AU20、AU43の出現は有意に減少した。

その他のAUには有意差が認められなかった」

と書かれていました。

 

一方、論文の考察パートにおいて自己批判時には、

「怒りの表出に特徴的なものとしてAU5とAU7を、

また軽蔑に特徴的なものとしてAU12_smirkとAU43を特定した。

AU1、AU2、AU5、AU7、AU20は、恐怖と関連している。

以上を踏まえると、クライエントが内なる批判的な声を表現している際の顔には、

怒り、軽蔑、恐怖に特徴的なAUが現れることを示している」

と書かれていました。

 

明かな問題です。

AU5、AU20、AU43は有意に減少しているのに

出現・増加したかのように解釈し、著者は、

「怒り、軽蔑、恐怖に特徴的なAUが現れる」としてしまっているのです

(なお、AU12_smirkは、片方の口角が引き上げられる動きですので、
「軽蔑」という解釈は問題ないと考えられます)

 

この論文は査読付きです。

第三者の目が入っているにも関わらず、

著者は結果の読みとりを大きく間違えているのです。

査読者も気づかなかったのでしょうか。

 

生成AIを情報検察・収集で使う際の注意

 

生成AIを使う私たちにとって重要なのは、

AIは、この考察パートを論文の内容として紹介している

ということです。

 

仕事で学術的な根拠が必要になりAI検索をするとき、

AIの回答を確認せず、そのまま信じてしまっていたら、

著者の解釈の間違いをそのままコピーしてしまうことになります。

 

結果の解釈・考察は、著者のカラーが生じるのは当然ですが、

ときに「なぜこんな解釈・考察になるの?」と思うこともあります。

しかし、問題なのはそこではなく、

AIのアウトプットが客観的な結果(データ)パートではなく、

主観が入り得る考察パートを表示させることがあり得るということです。

 

どんな論文があるのか、どんな内容か、ざっくり知るにはAI検索は便利です。

しかし、その知見を用いてレポート作成やプロジェクト実行をするには、

コピペは危険です。

自身の目で論文をしっかり読んだ方が良いと思います。

 

「AIか学生が書いたエントリーシートなのかわからない」という採用面接担当の方へ~福岡県議会“金銭授受疑惑”の微表情を事例に考える~

 

生成AIの作文能力が向上するにつれ、

「AIが書いたエントリーシートなのか、学生が書いたものなのかわからない」という

採用面接担当の方の悩みを多々、見聞きするようになりました。

 

様々な対策がなされているようですが、非言語、

殊、学生さんの微表情を観察するのも一つの手です。

 

論より証拠。次の動画を観て下さい。

福岡県議会“金銭授受疑惑”に関するニュース動画です。

3:47~3:57をご覧ください。

 

youtu.be

 

どんな微表情に気づきましたか?

また、この微表情が生じている理由は何でしょうか?

 

福岡県議会“金銭授受疑惑” 蔵内氏に生じた微表情

 

記者の「500万円を受け取ったという主張に対しての

蔵内さんご本人のご認識としてはいかがですか?」という質問に対し、

蔵内氏は「一切ございません」と答えています。

 

3:55のとき、蔵内氏の上唇が一瞬だけ引き上げられています。

これは嫌悪の微表情です。

 

微表情は、抑制された感情の漏洩です。

嫌悪は、「不快なモノを取り除きたい」という感情です。

この文脈での嫌悪微表情は、

「記者の質問を不快に感じ、取り除きたいと思うものの、この気持ちを表明できない」

と考えられます。

 

微表情の表出=嘘の証拠という等式が成り立てば、

心理分析は簡単なのですが、人の心はそこまで単純ではありません。

他の非言語(たとえば、「頷き」=肯定反応があるか否か等)、質問の仕方、

微表情後に紡ぎ出される言語情報等を総合的に勘案しなければ、

嘘の可能性を見積もることは出来ません。

 

それでは、詳しく心理分析をすると…

と行きたいところですが、就職面接に話を戻します。

 

ポイントは、微表情の観察+深掘り質問

 

面接時、エントリーシートに沿い、学生さんの話を聞きます。

ポジティブな内容を話しているのに、学生さんの顔に嫌悪の微表情が浮かぶとします。

ここで「その点についてもう少し詳しく教えて下さい」等、深堀り質問をして下さい。

ポジティブな言葉とネガティブな感情というように両者が矛盾するとき、深堀りするのです。

チャンネル(言葉、声、表情、身体動作等、コミュニケーションの経路のこと)間の

矛盾は、何かがおかしい。嘘かどうかは即断できないものの、気持ちがストレートではないのです。

 

冒頭の事例のように、心理分析を始める必要はありません。

「学生さんは不快を抱いている可能性がある」のみわかればよいのです。

不快の理由を深堀りすればよいのです。

「なぜ不快なのか」「なぜ嫌悪なのか」を聞いてはいけません。

この質問が嫌悪を引き起こしかねません。

この問いは自身の心にとどめておきます。

学生さんに不快や脅威を与えないように、興味・関心を持って

「その点についてもう少し詳しく教えて下さい」と聞いて下さい。

 

AIに書かせた内容でも真の体験ならば、

エントリーシートの内容を超えた、具体的な内容を聞くことが出来るでしょう。

AIに書かせた内容で嘘、あるいは、必要以上に盛った「体験」ならば、

具体性に乏しい内容が繰り返されるでしょう。

 

AI時代こそ、AIに代替できない身体言語に

目と耳を向ける重要性が改めて問われるのだと思います。

 

「AIに聞くからいいです」と言われないためのコミュニケーション論― AI時代の人間理解を考える

 

「最近は、AIが表情を読めるようになったので、清水先生の研修は売りにくい」

 

ある研修会社の営業担当の方が、

そんなことをおっしゃっていたと知人を介して伺いました。

 

「ついにAIに私の仕事が奪われる日が来たか⁉」

と思いきや、私はそれほど悲観していません。

AIが得意なことはAIに任せ、

人間は人間だからこそ担える仕事に集中すればよいからです。

 

考えたい論点は二つ。

一つは、AIは本当に私たちの表情を読めるようになったのか。

もう一つは、仮にAIが完璧に表情を読めるようになったとして、

私たちは相手の表情を読む必要がなくなるのか。

 

一つずつ考えてみましょう。

 

AIは私たちの表情を読めるのか?

 

Dupréら(2020)は、市販されている8種類の自動表情感情認識システムが、

人間の観察者と比べてどの程度正確に表情から感情を判別できるのかを検証しました。

対象は、幸福・悲しみ・怒り・恐怖・驚き・嫌悪の6つ。

 

ポーズ表情(意図的に作られた表情)と、

自然表情(刺激によって自然に生じた表情)から成る計937本の動画を用い、

14名の人間観察者と8種類の自動表情感情認識システムの成績を比較しました。

 

検証の結果は、次の表の通りです。

 

参考文献:Dupré D, Krumhuber EG, Küster D, McKeown GJ (2020) のS5 Table: posed expressions の performance indices by emotion及びS6 Table: spontaneous expressions の performance indices by emotionをもとに再計算し、グラフ作成。

 

青はポーズ表情、オレンジは自然表情の正解率です。

左端の人間(Human observers)が、8種類すべての自動表情感情認識システム

(Affectiva~Visage Technologies)を上回っているのがわかります。

 

なお、この研究は2020年のものです。

第三者が幅広く精度比較している最新の研究です。

6年後の現在、各AIの認識精度は向上していると思われます。

それでも、普段の生活環境のように、多様な刺激が存在し、

人が自由に動き、複数人が同時に会話する状況では、

AIが表情から感情を正確に捉えることは、依然として簡単ではないと考えられます。

 

AIが表情を読めるようになれば、人間は読む必要がなくなるのか?

 

仮に、どんな状況でもAIが人間の表情を

正確に読み取り、感情を推測できる未来が来たとしましょう。

それでも私は、人間が自分の目で

相手の表情を観察する価値はなくならないと考えています。

 

「機能性」と「関係性」という二つの観点から整理します。

 

表情感情認識AIを搭載したスマートグラスが登場したとします。

企画会議で説明を始める前に「説明モード」を選択します。

あなたが企画を説明していると、スマートグラスは聞き手の表情筋の動きから「不安」を検知。

「聞き手が説明に不安を抱いています。安心感を与える説明をしてください」。

と表示するかもしれません。

 

こうした技術が実現すれば、リアルタイムで効率的なコミュニケーションを支援してくれるでしょう。

しかし、その応答は、あなた自身が観察し、考え、判断した結果ではありません。

AIが重要だと判断した情報を基に導き出した提案です。

 

一定の品質や公平性が求められる場面では、そのような支援は大きな力になるでしょう。

しかし、人間関係は、それだけでは成り立ちません。

 

私たちは「関係すること・されること」を求めている

 

私たちは、単に正確に理解されたいわけではありません。

 

「あなたは私を見てくれた」

「あなたは私の存在を気にかけてくれた」

「あなたは私の不安に気づこうとしてくれた」

 

こうした経験そのものに価値を感じます。

それは、相手が自分の時間や注意、限りある認知資源を使い、

自分と関わろうとしてくれた証だからです。

 

だからこそ、

「この人のもとで働きたい」

「この人を応援したい」

「この人と一緒にいたい」

という気持ちが生まれます。

 

人間関係とは、情報交換ではなく、関係を築く営みなのです。

 

相手が不安を感じていると分かったときに、

安心を与える言葉を添えるのか、沈黙するのか、質問するのか、

触れずに見守るのか、自分の言い方を謝るのか等々の判断に、

唯一の正解はありません。

 

そこには、関係性、立場、過去の経緯、相手の尊厳、

今後の関係をどうしたいかという価値判断が含まれます。

 

相手にとって「興味はないけど大事なこと」だと直感したならば、

相手の感情如何を問わず、説得を試みることも必要でしょう。

平均解を提示するAIには難しい芸当です。

 

人間が表情を読む価値は、感情を正確に当てることだけではありません。

相手を見ようとすること。相手の反応に応じて、自分の伝え方を変えようとすること。

その積み重ねによって、人間関係は育まれていきます。

 

「AIに聞くからいいです」「AIが表情を読んでくれるからいいです」

と思ってしまう時代だからこそ、人間が人間の表情を見つめ、

関係性を深めようとする価値を改めて見直す必要があるのではないでしょうか。

 

 

参考文献

Dupré D, Krumhuber EG, Küster D, McKeown GJ (2020) A performance comparison of eight commercially available automatic classifiers for facial affect recognition. PLoS ONE 15(4): e0231968. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0231968

「AIに聞くからいいです」と言われないためのコミュニケーション論【カウンセリング編】

 

精神科医、臨床心理士、公認心理師等の専門家によるカウンセリング、

あるいは私たちが日々応じ、応じられる「ふつう」の悩み相談は、人と人が対峙し、介入する行為です。

 

しかし、昨今、

「生身の人間に相談するより、生成AIに相談した方がよい」と

感じる人も増えているようです。

 

その気持ちは、よくわかります。

生成AIは、いつでも応答し、否定せず、丁寧な言葉で返してくれます。

人間に相談すると、「迷惑ではないか」「説教されるのではないか」

「ちゃんと分かってもらえないのではないか」と不安になることがあります。

だからこそ、「AIに聞くからいいです」と感じる場面が生まれるのでしょう。

 

生成AIはネガティブ感情を緩和させ、人は孤独感を癒す

 

実際、AIが相談者の気分を軽くする可能性はあります。

大学新入生を対象に孤独感の影響を検討したLiら(2026)の研究では、

296名の学生を、①共感的に設計されたAIチャットボットとの会話条件、

②無作為に組み合わされた学生同士のネットを通じた会話条件、

③日記記入条件に分け、14日間続けてもらいました。

 

その結果、AIと会話した条件ではネガティブな気分が和らぎました。

しかし、孤独感が低下したのは、人間同士で会話した条件のみでした。

AI条件と日記条件の間には、孤独感の低下に差は見られませんでした。

 

この結果は、

「共感的な言葉」と「人とつながっている感覚」は

同じではないことを示しているように思います。

 

悩み相談で大切なのは、ただ優しい言葉を返すことだけではありません。

相談者が何を求めているのかを読むことが重要です。

 

今は、ただ共感してもらえれば十分なのか。

考えを整理してほしいのか。

具体的な解決策がほしいのか。

それとも、本当は自分でも分かっている答えを、誰かに言ってほしいのか。

 

このニーズを見誤ると、どれほど正しいアドバイスでも届きません。

共感してほしい人に解決策ばかり示せば、「分かってもらえなかった」と感じるでしょう。

反対に、具体的な解決策を求めている人に共感だけを返し続ければ、

「結局、何も進まない」とフラストレーションがたまるでしょう。

 

感情の機微が交錯するコミュニケーション

 

人間には、この機微を読みながら関わる力があります。

相手の眉間にしわが寄れば立ち止まる。沈黙が続けば待つ。

怒りが見えれば言い方を変える。不安が強ければ安心を与える。

言葉だけでなく、表情、声、姿勢、間合いを通じて、

相手が今どの状態にあるのかを感じ取ろうとします。

 

さらに、これは一方的な作用ではありません。

聞き手もまた、心配し、考え、戸惑い、ときに言葉に詰まります。

その反応を通じて、相談者は「自分の言葉が相手に届いている」と感じることができます。

相手が限られた時間や労力を自分のために使ってくれている。

その事実が、言葉に重みを与えます。

 

もちろん、人間はAIほど無限には付き合えません。

長いやり取りや、堂々巡りのような悩み相談では、聞き手が疲弊し、

共感を発揮し続けることが難しくなることもあります。雑な対応になれば、

「やはりAIの方がよい」と思われても仕方がありません。

 

だからこそ、人間に求められるのは、AIより多くの情報を返すことではありません。

相談者の状態を読み、今この人には何が必要なのかを見極めることです。

 

ときには摩擦を恐れないことも必要です。

相談者の気持ちに共感し、肯定しながらも、その人の成長や変化のために、

「それは違うと思う」「今のままでは苦しくなると思う」と伝えなければならない場面があります。

 

相手に嫌われるかもしれない。関係性が危うくなるかもしれない。

それでも、相手のために必要なことを言葉にする。

これは、単なる情報提供ではなく、人間的な介入です。

 

コスパ・タイパ人間の行先

 

生成AIに悩みを相談すること自体は、その特性を理解して使う限り、問題ないでしょう。

気持ちを言葉にする入口として、考えを整理する相手として、AIは有効です。

 

しかし、人間の相談は、言葉を返すだけでは終わりません。

身体を共に置き、時間と空間を共有し、相手の反応を見ながら関わり方を変える。

そして、必要なときには、優しさだけでなく厳しさも示す。

 

「AIに聞くからいいです」と言われないために必要なのは、

AIのように振る舞うことではなく、

目の前の人が、今、何を求め、何を受け取れる状態にあるのかを読むこと。

そして、その人の変化に責任をもって関わること。

 

そこに、生成AIには代替しにくい、

身体的で相互的なカウンセリングの価値があるのだと思います。

 

コスパ・タイパを追求する生き方には、

失敗から得られる教訓や感情を経験するチャンス、

それに伴い醸成される、人に寄り添う能力を喪失させるでしょう。

 

言葉だけの共感はAIにも出来ますが、

身体経験を伴う共感は人間にしか出来ません。

身体経験を短縮した生き方の先にあるのは、人間のAI化。

個々人にカスタマイズされた心地よい言葉を生成AIは、いつでもどこでも届けてくれる。

そんな世にコスパ・タイパ人間の居場所はあるのでしょうか。

 

 

参考文献

Li, Ruo-Ning, Folk, Dunigan, Singh, Abhay, Ungar, Lyle, & Dunn, Elizabeth. (2026). Is a Random Human Peer Better than a Highly Supportive Chatbot In Reducing Loneliness Over Time? https://doi.org/10.31234/osf.io/hfcn7_v3

「AIに聞くからいいです」と言われないためのコミュニケーション論【接客編】

 

昨今、「店員さんに聞く前に、まずAIに聞く」という行動が広がり始めています。

 

宿研の調査では、2025年夏に国内旅行を終えた1,000人のうち、

32.6%が宿泊先探しに生成AIを活用していたことがわかっています。

JTB総合研究所の調査でも、週1回以上生成AIを使う人の77.8%が、

旅行関連で生成AIを使った経験があり、今後使いたい用途には

「旅行先のグルメ情報検索」が含まれていることもわかっています。

 

つまり、ホテルのフロントやレストランのスタッフに

「おすすめはありますか?」と聞く前に、

すでにAIから候補を受け取っているお客様が増えつつあるのです。

 

それでは、AI時代の接客において、人間の役割は何でしょうか。

 

具体的な場面から考えてみましょう。

 

チェックイン時や荷物預かり時の一コマです。

ホテルスタッフ:今日は、どちらへ行かれる予定ですか?

お客様:このコースで回ろうと思っています。AIが提案してくれました。

ホテルスタッフ:素敵なコースですね。

 

さて、ここからどんな対応を続けられるでしょうか?

 

お客様が急いでいる、コミュニケーションを望まれていないような場合は、

笑顔とともにお送りすればよいでしょう。

 

「今・ここ」の微調整と経験を共有する接客

 

一方、少しお話ができそうな場合は、

その地域にいるからこその情報を提案するとよいでしょう。

お客様が関心を示せば、そこに自身の経験を共有するのもよいと思います。

 

営業時間、人気メニュー、人気観光地などの情報は、ネット検索やAIで十分です。

こうした情報提供型の接客は、AIに代替されやすいでしょう。

 

一方、その日の天気、混雑、移動の疲れ、お客様の表情、同行者の年齢、

荷物の量、服装、時間的余裕などを含めた「今・ここ」の調整は、人間の強みを活かせます。

 

たとえば、

「素敵なコースですね。ただ、今日はこの時間帯だけ混みやすいので、

先にこちらへ行くと楽かもしれません」といった提案です。

 

お客様が選択したAI提案のコースを現場の情報と身体感覚で微調整する。

ここに人間接客の価値があります。

 

さらに、お客様に興味・関心表情が浮かぶようでしたら、

「私も以前、ここを訪れたのですが……」

と自身の経験を共有すると、心が通った接客になるでしょう。

 

自分の経験と感情を添える。

ここにも、人間接客の価値があります。

 

生成AIに代替できない感情労働

 

ただし、善意の提案でも何らかのトラブルが生じ、

クレームに発展することもあるかも知れません。

 

昨今、人件費や人間の感情労働のコストを下げることを目的として、

AIがお客様相談窓口でクレーム対応を担う場面も増えています。

しかし、その活用には注意が必要です。

 

AIが感情に寄り添おうとするほど、かえって反発を招く場合があるからです。

 

Han, Yin, and Zhang(2026)は、サービス失敗後のカスタマーサービス場面で、

チャットボットが顧客のネガティブ感情を認識し、それに共感的に応答した場合の反応を検討しています。

実験の結果、チャットボットの共感的応答(例:「お客様のお気持ち、お察しします」)は、

顧客を落ち着かせるどころか、心理的リアクタンス、つまり「自分の感情領域に踏み込まれた」

「コントロールを奪われた」と感じる反発を引き起こす場合があることが示されました。

 

 

身体を持たないAIに、

「お気持ち、お察しします」

と言われても、白々しく感じられてしまうでしょう。

 

AIは疲れません。痛みも感じません。イライラや喪失感を体験することもありません。

だからこそ、お客様の怒りや不満が強い場面では、AIによる共感表現が、

かえって「わかったように言わないでほしい」という反発につながることがあるのです。

 

特にクレーム場面では、お客様は単に答えが欲しいのではありません。

「自分の不快感を軽く扱われたくない」「責任の所在を曖昧にされたくない」

「形式的な謝罪で流されたくない」「人として扱われたい」

そう感じていると考えられます。

 

ですので、誠心誠意の謝罪は、身体を持つ人間が必要なのです。

人間は身体を持っています。だからこそ、心の痛みに共感できます。

だからこそ、謝罪を表情に示す、深く頭を下げる、声を落とす、

一歩引く、黙って待つ、といった身体的なふるまいを通じて、

言葉以上の誠意を伝えることができるのです。

 

クレーム対応で求められるのは、共感的な言葉を並べることだけではありません。

お客様の表情、声の強さ、沈黙、視線、姿勢、距離感を見ながら、

今は謝るべきか、説明すべきか、待つべきか、責任者につなぐべきかを判断することです。

 

AI時代の接客係は、AIより多くを知っている人ではありません。

お客様の状態を見て、情報・感情・場の空気を整えられる人です。

 

AIが答えを出す時代だからこそ、人間の接客には、

その答えを「今・ここ」のお客様に合う体験へと変える力が求められているのだと思います。

 

 

参考文献

株式会社宿研(2025)「生成AIで宿探し、旅行者『3人に1人(32.6%)』│2025年夏旅行の最新実態調査」2025年9月25日。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000042.000019164.html

JTB総合研究所(2025)「生成AIの利用と旅行についての調査・研究レポート」2025年8月19日。
https://www.tourism.jp/tourism-database/survey/2025/08/tourism-ai/

Han, E., Yin, D., & Zhang, H. (2026). Bots with empathy: Reactance against emotion-aware AI agents in customer service. MIS Quarterly. doi:10.25300/MISQ/2026/18683 

「AIに聞くからいいです」と言われないためのコミュニケーション論【教育・養護編】

 

宿題に取り組む子どもに、
「AI、使ってもいい?」
と聞かれたことはあるでしょうか。

 

全国の小学3年生から小学6年生とその保護者

1,032組を対象にしたベネッセコーポレーションの2025年調査では、

生成AIを利用している小学3〜6年生の約6割が、

「分からない時にまずAIに聞く」と回答しています。

生成AIは、子どもにとっても身近な相談相手になりつつあります。

 

保護者や先生に質問するのではなく、
「AIに聞くからいいや」「AIに聞くからいいです」
と思う子どもとどう接したらよいでしょうか?

 

具体的な場面から考えてみましょう。

 

夏休みの宿題として、読書感想文が出されました。

子ども:何を書けばいいかわからない。何も感想が出てこない。
親:本、ちゃんと読んだの?
子ども:ちゃんと読んだよ。
親:もう一度、読んでみなさい。
子ども:……。

 

この「……」のとき、子どもの唇に、僅かな力みが一瞬だけ浮かんだとします。

この子どもに、どんな言葉をかけるでしょうか。

 

このまま放置していたら、子どもは、
「AIに聞いちゃおう」「AIに書いてもらおう」
と思ってしまうかも知れません。

 

子どもの気持ちを受け止め、自身の体験を語る

 

生成AIは、答えを返すことはできます。

しかし、目の前の子どもの表情の変化に気づき、

その反応を受けて、こちらの言葉や態度を変えることはできません。

身体を持つ人間同士だからこそ、互いに反応し合いながら、

気持ちを受け止め、考える方向へ導くことができます。

 

唇の僅かな力みは、怒りや不満を示す微表情である可能性があります。

「ちゃんと読んだよ!」「読んだのに、わからないんだよ!」

そう声を大にして訴えたい気持ちが、表情に表れているものと推測します。

 

このとき大切なのは、まず子どもの言葉を疑うのではなく、気持ちを受け止めることです。

「疑うように聞こえたらごめんね。ちゃんと読んだのよね」
「読んだのに書けないのは、つらいよね」

このように、まずは子どもの立場に立って言葉を返します。

 

そのうえで、ご自身が子ども時代に読書感想文で苦労した経験や、

どうやって書いたかという工夫を伝えるとよいでしょう。

 

やり方のコツを少し教えるのも有効です。

たとえば、本のいくつかの場面を一緒に読み返しながら、

場面ごとに子どもがどんな気持ちになったかを尋ねます。

「この場面、どう思った?」
「悲しかった? 怒った? それとも、少し安心した?」
「どうしてそう思ったの?」

同じ場面を読んでも、抱く感情は子どもによって違います。

そして、なぜその感情を抱いたのかを一緒に深めていく。
この繰り返しによって、その子だけの感想文が少しずつ形になっていきます。

 

生成AIは子どもの自己肯定感を低下させるか?

 

もちろん、子どもが
「どうしてAIを使っちゃいけないの?」
と聞くこともあるでしょう。

 

適切な使い方を示せるなら、生成AIを使うこと自体は否定しなくてもよいと思います。

ただし、AIに丸投げしてしまうことの危険性は、きちんと説明する必要があります。

AIの回答には誤りが含まれることがあります。いわゆるハルシネーションの問題です。

しかし、私がより根源的に問題だと感じるのは、子どもの記憶や達成感、

自己肯定感に関わることです。

 

Gardellaら(2026)の研究では、AIを使うと作業は速く進む一方で、

学習内容が記憶に残りにくくなる可能性が示されています。

この研究は、大学生のプログラミング課題を対象にしたものです。

ですから、小学生の読書感想文にそのまま当てはめることはできません。

それでも、AIに答えを出してもらうことで、考える過程や

試行錯誤の経験が薄くなる可能性は十分に考えられます。

 

AIに宿題をさせてしまうと、自分の記憶に残らない。
「自分で考えて、書き上げた」という達成感が得られない。
自己肯定感を積み上げる機会を失ってしまう。

 

そんなことが起こり得るのではないでしょうか。

 

子どもが本当に言いたかったのは、
「ちゃんと読んだよ」「読んだのに、わからないんだよ」
ということ。

 

その気持ちを受け止めること。
大人自身の経験を通じて、困難さに共感すること。
同時に、「楽をしたい」「苦痛から逃れたい」という気持ちに安易に流されないこと。

 

AIを禁止するかどうかだけが問題なのではありません。

子どもがつまずいたとき、AIに向かう前に、人間である大人がどのように関わるか。

そこに、これからの教育・養護のコミュニケーションの大切な役割があると思います。

 

 

参考文献

ベネッセコーポレーション(2025)「ベネッセ『生成AIの利用に関する意識調査』小学生の『生成AI』認知率74.7%、2023年から約26ポイント上昇」2025年11月21日。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001417.000000120.html

Gardella, N., Prather, J., Leinonen, J., Denny, P., Pettit, R., & Riggs, S. L. (2026).    Fast and forgettable: A controlled study of novices’ performance, learning, workload, and emotion in AI-assisted and human pair programming paradigms [Preprint]. arXiv. https://doi.org/10.48550/arXiv.2604.18538