微表情

フラッシュのように一瞬で表れては消え去る微妙な表情、微表情。このブログでは、微表情、表情、顔を始めとした非言語コミュニケーションの研究や実例から「空気を読む」を科学します、「空気」に色をつけていきます。

「AIに聞くからいいです」と言われないためのコミュニケーション論【接客編】

 

昨今、「店員さんに聞く前に、まずAIに聞く」という行動が広がり始めています。

 

宿研の調査では、2025年夏に国内旅行を終えた1,000人のうち、

32.6%が宿泊先探しに生成AIを活用していたことがわかっています。

JTB総合研究所の調査でも、週1回以上生成AIを使う人の77.8%が、

旅行関連で生成AIを使った経験があり、今後使いたい用途には

「旅行先のグルメ情報検索」が含まれていることもわかっています。

 

つまり、ホテルのフロントやレストランのスタッフに

「おすすめはありますか?」と聞く前に、

すでにAIから候補を受け取っているお客様が増えつつあるのです。

 

それでは、AI時代の接客において、人間の役割は何でしょうか。

 

具体的な場面から考えてみましょう。

 

チェックイン時や荷物預かり時の一コマです。

ホテルスタッフ:今日は、どちらへ行かれる予定ですか?

お客様:このコースで回ろうと思っています。AIが提案してくれました。

ホテルスタッフ:素敵なコースですね。

 

さて、ここからどんな対応を続けられるでしょうか?

 

お客様が急いでいる、コミュニケーションを望まれていないような場合は、

笑顔とともにお送りすればよいでしょう。

 

「今・ここ」の微調整と経験を共有する接客

 

一方、少しお話ができそうな場合は、

その地域にいるからこその情報を提案するとよいでしょう。

お客様が関心を示せば、そこに自身の経験を共有するのもよいと思います。

 

営業時間、人気メニュー、人気観光地などの情報は、ネット検索やAIで十分です。

こうした情報提供型の接客は、AIに代替されやすいでしょう。

 

一方、その日の天気、混雑、移動の疲れ、お客様の表情、同行者の年齢、

荷物の量、服装、時間的余裕などを含めた「今・ここ」の調整は、人間の強みを活かせます。

 

たとえば、

「素敵なコースですね。ただ、今日はこの時間帯だけ混みやすいので、

先にこちらへ行くと楽かもしれません」といった提案です。

 

お客様が選択したAI提案のコースを現場の情報と身体感覚で微調整する。

ここに人間接客の価値があります。

 

さらに、お客様に興味・関心表情が浮かぶようでしたら、

「私も以前、ここを訪れたのですが……」

と自身の経験を共有すると、心が通った接客になるでしょう。

 

自分の経験と感情を添える。

ここにも、人間接客の価値があります。

 

生成AIに代替できない感情労働

 

ただし、善意の提案でも何らかのトラブルが生じ、

クレームに発展することもあるかも知れません。

 

昨今、人件費や人間の感情労働のコストを下げることを目的として、

AIがお客様相談窓口でクレーム対応を担う場面も増えています。

しかし、その活用には注意が必要です。

 

AIが感情に寄り添おうとするほど、かえって反発を招く場合があるからです。

 

Han, Yin, and Zhang(2026)は、サービス失敗後のカスタマーサービス場面で、

チャットボットが顧客のネガティブ感情を認識し、それに共感的に応答した場合の反応を検討しています。

実験の結果、チャットボットの共感的応答(例:「お客様のお気持ち、お察しします」)は、

顧客を落ち着かせるどころか、心理的リアクタンス、つまり「自分の感情領域に踏み込まれた」

「コントロールを奪われた」と感じる反発を引き起こす場合があることが示されました。

 

 

身体を持たないAIに、

「お気持ち、お察しします」

と言われても、白々しく感じられてしまうでしょう。

 

AIは疲れません。痛みも感じません。イライラや喪失感を体験することもありません。

だからこそ、お客様の怒りや不満が強い場面では、AIによる共感表現が、

かえって「わかったように言わないでほしい」という反発につながることがあるのです。

 

特にクレーム場面では、お客様は単に答えが欲しいのではありません。

「自分の不快感を軽く扱われたくない」「責任の所在を曖昧にされたくない」

「形式的な謝罪で流されたくない」「人として扱われたい」

そう感じていると考えられます。

 

ですので、誠心誠意の謝罪は、身体を持つ人間が必要なのです。

人間は身体を持っています。だからこそ、心の痛みに共感できます。

だからこそ、謝罪を表情に示す、深く頭を下げる、声を落とす、

一歩引く、黙って待つ、といった身体的なふるまいを通じて、

言葉以上の誠意を伝えることができるのです。

 

クレーム対応で求められるのは、共感的な言葉を並べることだけではありません。

お客様の表情、声の強さ、沈黙、視線、姿勢、距離感を見ながら、

今は謝るべきか、説明すべきか、待つべきか、責任者につなぐべきかを判断することです。

 

AI時代の接客係は、AIより多くを知っている人ではありません。

お客様の状態を見て、情報・感情・場の空気を整えられる人です。

 

AIが答えを出す時代だからこそ、人間の接客には、

その答えを「今・ここ」のお客様に合う体験へと変える力が求められているのだと思います。

 

 

参考文献

株式会社宿研(2025)「生成AIで宿探し、旅行者『3人に1人(32.6%)』│2025年夏旅行の最新実態調査」2025年9月25日。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000042.000019164.html

JTB総合研究所(2025)「生成AIの利用と旅行についての調査・研究レポート」2025年8月19日。
https://www.tourism.jp/tourism-database/survey/2025/08/tourism-ai/

Han, E., Yin, D., & Zhang, H. (2026). Bots with empathy: Reactance against emotion-aware AI agents in customer service. MIS Quarterly. doi:10.25300/MISQ/2026/18683 

「AIに聞くからいいです」と言われないためのコミュニケーション論【教育・養護編】

 

宿題に取り組む子どもに、
「AI、使ってもいい?」
と聞かれたことはあるでしょうか。

 

全国の小学3年生から小学6年生とその保護者

1,032組を対象にしたベネッセコーポレーションの2025年調査では、

生成AIを利用している小学3〜6年生の約6割が、

「分からない時にまずAIに聞く」と回答しています。

生成AIは、子どもにとっても身近な相談相手になりつつあります。

 

保護者や先生に質問するのではなく、
「AIに聞くからいいや」「AIに聞くからいいです」
と思う子どもとどう接したらよいでしょうか?

 

具体的な場面から考えてみましょう。

 

夏休みの宿題として、読書感想文が出されました。

子ども:何を書けばいいかわからない。何も感想が出てこない。
親:本、ちゃんと読んだの?
子ども:ちゃんと読んだよ。
親:もう一度、読んでみなさい。
子ども:……。

 

この「……」のとき、子どもの唇に、僅かな力みが一瞬だけ浮かんだとします。

この子どもに、どんな言葉をかけるでしょうか。

 

このまま放置していたら、子どもは、
「AIに聞いちゃおう」「AIに書いてもらおう」
と思ってしまうかも知れません。

 

子どもの気持ちを受け止め、自身の体験を語る

 

生成AIは、答えを返すことはできます。

しかし、目の前の子どもの表情の変化に気づき、

その反応を受けて、こちらの言葉や態度を変えることはできません。

身体を持つ人間同士だからこそ、互いに反応し合いながら、

気持ちを受け止め、考える方向へ導くことができます。

 

唇の僅かな力みは、怒りや不満を示す微表情である可能性があります。

「ちゃんと読んだよ!」「読んだのに、わからないんだよ!」

そう声を大にして訴えたい気持ちが、表情に表れているものと推測します。

 

このとき大切なのは、まず子どもの言葉を疑うのではなく、気持ちを受け止めることです。

「疑うように聞こえたらごめんね。ちゃんと読んだのよね」
「読んだのに書けないのは、つらいよね」

このように、まずは子どもの立場に立って言葉を返します。

 

そのうえで、ご自身が子ども時代に読書感想文で苦労した経験や、

どうやって書いたかという工夫を伝えるとよいでしょう。

 

やり方のコツを少し教えるのも有効です。

たとえば、本のいくつかの場面を一緒に読み返しながら、

場面ごとに子どもがどんな気持ちになったかを尋ねます。

「この場面、どう思った?」
「悲しかった? 怒った? それとも、少し安心した?」
「どうしてそう思ったの?」

同じ場面を読んでも、抱く感情は子どもによって違います。

そして、なぜその感情を抱いたのかを一緒に深めていく。
この繰り返しによって、その子だけの感想文が少しずつ形になっていきます。

 

生成AIは子どもの自己肯定感を低下させるか?

 

もちろん、子どもが
「どうしてAIを使っちゃいけないの?」
と聞くこともあるでしょう。

 

適切な使い方を示せるなら、生成AIを使うこと自体は否定しなくてもよいと思います。

ただし、AIに丸投げしてしまうことの危険性は、きちんと説明する必要があります。

AIの回答には誤りが含まれることがあります。いわゆるハルシネーションの問題です。

しかし、私がより根源的に問題だと感じるのは、子どもの記憶や達成感、

自己肯定感に関わることです。

 

Gardellaら(2026)の研究では、AIを使うと作業は速く進む一方で、

学習内容が記憶に残りにくくなる可能性が示されています。

この研究は、大学生のプログラミング課題を対象にしたものです。

ですから、小学生の読書感想文にそのまま当てはめることはできません。

それでも、AIに答えを出してもらうことで、考える過程や

試行錯誤の経験が薄くなる可能性は十分に考えられます。

 

AIに宿題をさせてしまうと、自分の記憶に残らない。
「自分で考えて、書き上げた」という達成感が得られない。
自己肯定感を積み上げる機会を失ってしまう。

 

そんなことが起こり得るのではないでしょうか。

 

子どもが本当に言いたかったのは、
「ちゃんと読んだよ」「読んだのに、わからないんだよ」
ということ。

 

その気持ちを受け止めること。
大人自身の経験を通じて、困難さに共感すること。
同時に、「楽をしたい」「苦痛から逃れたい」という気持ちに安易に流されないこと。

 

AIを禁止するかどうかだけが問題なのではありません。

子どもがつまずいたとき、AIに向かう前に、人間である大人がどのように関わるか。

そこに、これからの教育・養護のコミュニケーションの大切な役割があると思います。

 

 

参考文献

ベネッセコーポレーション(2025)「ベネッセ『生成AIの利用に関する意識調査』小学生の『生成AI』認知率74.7%、2023年から約26ポイント上昇」2025年11月21日。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001417.000000120.html

Gardella, N., Prather, J., Leinonen, J., Denny, P., Pettit, R., & Riggs, S. L. (2026).    Fast and forgettable: A controlled study of novices’ performance, learning, workload, and emotion in AI-assisted and human pair programming paradigms [Preprint]. arXiv. https://doi.org/10.48550/arXiv.2604.18538

「AIに聞くからいいです」と言われないためのコミュニケーション論【リーダー編】

 

部下とのコミュニケーションに気を遣う上司の声をよく見聞きします。

生成AIとのコミュニケーションが当たり前になりつつある今日、

「AIに聞くからいいです」と思われたり、言われてしまったりすることも。

 

20代の若手社員595名を対象にした

レバレジーズ/ハタラクティブの2026年調査では、

キャリア相談の本音を話せる相手として、

「直属の上司よりも生成AIを信頼する」と26.5%が回答しています。

また、プロフェッショナルバンクの2024年調査では、

生成AI利用者346名のうち27%が、

業務上の相談相手として「上司・同僚よりも生成AIのほうが適している」と答えています。

 

では、生成AI時代の上司やリーダー、教育に携わる人は、どうすればよいのでしょうか。

 

「AIに聞くからいいです」ポイントはどこにある?

 

具体的な場面から考えてみましょう。

 

ある日の上司と部下の会話です。

部下:プレゼンが苦手なんですよね。

上司:この動画講座、知っていますか?

見やすいパワポ資料の作り方だけでなく、振る舞い方も教えてくれるので、おすすめですよ。

部下:う~ん……ありがとうございます。後で観てみます。

 

このとき、部下の「う~ん」という言葉と同時に、嫌悪の微表情が浮かんでいたとします。

 

あなたが上司なら、どう対応するでしょうか。

 

もし嫌悪の微表情に気づかず、「う~ん」という言葉だけを聞いていれば、

「部下は検討している」と受け取ってしまうかも知れません。

丁寧な上司ほど、さらに資料や情報を渡そうとするでしょう。

 

「AIに聞くからいいです」ポイント発動です。

 

部下の気持ちは嫌悪なのです。

アドバイスを受け入れられないのです。

ですので、まずは、嫌悪微表情に気づくことが重要です。

「他のアドバイスをする」という部下の気持ちに沿ったアプローチが適当です。

 

しかし!ここでも「AIに聞くからいいです」ポイントが発動しかねません。

 

相手の希望に沿って別のアドバイスを出すだけなら、生成AIにも出来るからです。

しかもAIは膨大な情報をもとに、本人が納得する答えが出るまで何度でも提案してくれます。

 

AIに聞けるのは「わからない」と自覚していることだけ

 

一方で、生成AIにも弱点があります。

ユーザーに肯定的に応答しすぎることで、本人の視点をそのまま強化してしまいます。

また、本人が「わからない」「できない」と自覚していることしか質問しないため、

アドバイスの範囲も限定されがちです。

 

ここに、人間の役割があります。

 

人間の上司は、日々の観察を通じて、

部下自身がまだ気づいていない癖、強み、課題に触れることができます。

たとえば、「資料作りよりも、話し始める前の不安が大きそうだね」

「内容は悪くないけれど、聞き手の反応を見る余裕がまだ少ないかも知れない」

といったアドバイスは、日々の観察があるからこそ可能です。

 

さらに、人間には身体を通じた経験があります。

 

「私もプレゼンが苦手で、上手くなるまで時間がかかった」

「人前で話すのは大変だけれど、少しずつ慣れていこう」

 

そうした言葉を、表情や声の調子を伴って伝えることで、

単なる情報提供ではなく、共感と励ましになります。

 

部下の無自覚を自覚に変えること。

自分自身の経験や身体感覚を背景に、相手の感情に触れながら成長を促すこと。

これは、生成AIには代替しにくい、人間のリーダーならではのコミュニケーションです。

 

「AIに聞くからいいです」と言われないために必要なのは、

AIより多くの情報を持つことではありません。

相手の言葉にならない感情に気づき、

本人がまだ気づいていない可能性に働きかけることです。

 

生成AI時代だからこそ、私たちは改めて、

人間にしかできないコミュニケーションを考え続ける必要があるのです。

 

参考文献

レバレジーズ株式会社(2026)「相談相手は“否定されないAI”へ、若手社員の約4人に1人が『上司より生成AI』を信頼」2026年3月24日。
https://leverages.jp/news/2026/0324/5851/ 

株式会社プロフェッショナルバンク(2024)「生成AIのビジネス活用状況に関するアンケート調査」2024年3月4日。
https://www.pro-bank.co.jp/news/20240304_4817/   

AI時代に求められる「観察・共感・伝達」とはーいま、対人コミュニケーションに起きている変化

 

「AIに聞くから、大丈夫です」

「人間に相談するより、生成AIに聞いた方が心地よいな」

「私の気持ちに向かって対応してくれていないな」

 

――そんなふうに言われたり、ご自身で思ったりしたことはないでしょうか。

 

生成AIは、私たちの仕事や学びを大きく変えました。

 

質問すれば、すぐに答えてくれる。

ぶっきらぼうに聞いても、丁寧に返してくれる。

悩みを打ち明ければ、温かく、共感的に応答してくれる。

 

人間よりも話しやすい、と感じることもあるでしょう。

 

しかし、その便利さに慣れすぎると、人間同士のコミュニケーションにおいて、

知らず知らずのうちに変化が起きるかも知れません。

 

相手の返答を待てない。

相手の立場や状況を考えない。

相手の反応を見ない。

 

そんな一方通行のコミュニケーションに陥ってしまう可能性です。

 

AIにはない、人間同士の「やり取り」

 

人間同士のコミュニケーションは、言葉だけで成り立っているわけではありません。

視線、表情のわずかな変化、姿勢、声の調子、沈黙の長さ。

私たちは、こうした非言語の手がかりから、

言葉の重みや、言葉とは少し異なる本音を受けとっています。

そして、相手の反応を見ながら、内容や言い方を少しずつ調整しています。

 

ときには、意見の違いや葛藤に向き合う必要もあります。

相手の気持ちを受けとめつつ、自分の考えも伝える必要があります。

互いの希望や不安をすり合わせる必要があります。

 

こうした相互的なやり取りがあって、人との信頼関係は築かれていきます。

 

過剰な肯定をするAI(※1)や

共感的な対応と正確性がトレードオフになり得るAI現象(※2)から、

AIとのコミュニケーションからは、人間とのそれにあるような

互いの気持ちや要望を綱引きするようなやり取りは生まれ得ません。

 

身体のないAIと、身体のある人間の違い

 

もう一つ、大きな違いがあります。

AIには身体がありません。

 

人間には、感情を抱き、疲れや痛みを感じる身体があります。

時間を割く。

何度も足を運ぶ。

相手のために予定を調整する。

忙しい中で、言葉を選んで返事をする。

 

こうした行動には、身体を持つ人間同士だからこその重みがあります。

 

たとえば、サービス上のトラブルで何度も手続きをやり直さなくてはいけない。

そんな場面を想像してみてください。このとき、AIに「お気持ちはよくわかります」と言われても、

かえってイライラが高まってしまいます(※3)。

 

なぜでしょうか。

 

それは、「あなたには、この大変さはわからないでしょう」と感じるからではないでしょうか。

疲れた身体、失われた時間、何度も説明し直す負担。

そうした現実を持たない相手から共感の言葉を受けると、

共感されているというより、定型的に処理されているように感じてしまうことがあります。

 

また、AIとの会話が一時的な孤独や不安を和らげることが知られています(※4)。

この価値を否定しません。しかし、人間からのメッセージには、AIとは異なる重みがあります。

 

相手が時間を使ってくれた。

自分のために考えてくれた。

疲れているかも知れない中で、応答してくれた。

 

そこには、身体を持つ人間同士だからこそ感じられる意味があります。

 

AI時代だからこそ、人間らしいコミュニケーションを学ぶ

 

AIとのコミュニケーションが当たり前になる時代だからこそ、

私たちは改めて、人間同士のコミュニケーションの価値を見直す必要があります。

 

「ちゃんと見てくれている」

「わかろうとしてくれている」

「自分に向かって言葉を届けてくれている」

 

そう感じられるコミュニケーションの価値は、これからますます高まっていくでしょう。

 

AI時代に必要なのは、AIと競うことではなく、

本質的にAIにはでき得ない、

人間同士の観察・共感・伝達を、より意識的に磨くことだと私は考えます。

 

関連講座のお知らせ

2026年7月18日(土)より、

「【2026年度版】表情・しぐさ分析12時間速習コース

―生成AIに代替されない観察・共感・伝達の技術―」を開講します。

 

本コースでは、表情・しぐさ・姿勢・視線などの非言語サインを手がかりに、

相手の反応を観察し、感情に気づき、よりよい伝え方へつなげるための実践的な視点を学びます。

AI時代にこそ必要な、人間同士のコミュニケーション力を磨きたい方は、ぜひ共に学びましょう。

 

詳細は次の画像をクリックし、ご覧ください。

 

※1 Cheng, M., Lee, C., Khadpe, P., Yu, S., Han, D., & Jurafsky, D. (2026). Sycophantic AI decreases prosocial intentions and promotes dependence. Science (New York, N.Y.)391(6792), eaec8352. https://doi.org/10.1126/science.aec8352

※2 Ibrahim, L., Hafner, F. S., & Rocher, L. (2026). Training language models to be warm can reduce accuracy and increase sycophancy. Nature652(8112), 1159–1165. https://doi.org/10.1038/s41586-026-10410-0 

※3 Han, E., Yin, D., & Zhang, H. (2026).Bots with Empathy: Reactance Against Emotion-Aware AI Agents in Customer Service. MIS Quarterly 2026; https://doi.org/10.25300/MISQ/2026/18683

※4 Ruo-Ning Li, Dunigan Folk, Abhay Singh, Lyle Ungar, Elizabeth Dunn, Is a random human peer better than a highly supportive chatbot in reducing loneliness over time?, Journal of Experimental Social Psychology, Volume 125, 2026, 104911, ISSN 0022-1031, https://doi.org/10.1016/j.jesp.2026.104911. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022103126000417)

反対意見を見えなくしたくなるとき――書店での一場面から考えた、AI時代の「自分が正しい」感覚


ある日、書店で新刊を眺めていると、

書店には少し似つかわしくない、不穏な声が聞こえてきました。

 

60代くらいの女性(以下、女性):なんでこの本が平積みなのか知りたいの。
書店員:新刊で売れそうな書籍は、このように並べております。
女性:高市政権の怖さをみんな知らないから、置けるのよ。
書店員:政権を応援する書籍も批判する書籍も、
関連書籍として同じ所にまとめて並べておりますので、政治的な意図はございません。
女性:私が見た本屋で、こんな平積みで売っていたところは、

ここと○○書店しかなかった。ジュンク堂では平積みじゃなかったわ。

 

こんなやりとりを耳にしました。

 

声を荒げているわけではありませんでした。怒鳴っているわけでもありません。
けれども、怒りを抑えながら、冷たく抗議しているようでした。

 

私が覚えた静かな恐怖

 

その女性が何を背景にそうした発言をしたのかはわかりません。
政治的な問題意識を持つこと自体は自由です。高市政権を批判することも、
政権を応援する本に違和感を持つことも、当然、自由です。

 

しかし、ある言説を
「目立たないようにしてほしい」「人目に触れにくくしてほしい」と
働きかけることには、慎重であるべきです。

 

これは、高市政権を支持するか否かの話ではありません。
どの政権であれ、賛成本も批判本も、
同じ空間に存在できることが、民主社会の前提だと思うのです。

 

表現の自由という言葉が浮かびます。

 

近年、政治家の講演を阻止しようとする脅迫事案が起こりました。
過激な言動をとる政治家が襲撃された事件もありました。

 

自分とは正反対の意見であっても、その表明の自由は尊重する。
嫌いな意見であっても、それが書店に並ぶ自由は認める。
その上で、批判したければ、批判する。

 

この順番が崩れると、自由な討論の土台そのものが崩れ去ってしまいます。

 

自分の経験を「社会の真実」にしてしまうとき

 

書店で出会った女性の発言のなかで、もう一つ気になったことがあります。

 

「ここと○○書店しかなかった。ジュンク堂では平積みじゃなかったわ」

 

という言葉です。

 

もちろん、自分の足で見て回ること自体は大切です。

現場を見ることには意味があります。

しかし、自分が見た範囲だけで社会全体の傾向を判断してしまうと、

世界の見え方は簡単に歪みます。自分の経験は大切ですが、

自分の経験が世界の代表であるとは限りません。

 

これは、政治の問題に限りません。

 

フェイク情報が人々の行動を左右する現代において、
私たちはしばしば「自分が見たもの」「自分の周囲で共有されているもの」を、
社会全体の真実のように感じてしまいます。

 

SNSで拡散されたフェイク情報に影響されるのは、

若者に限定されると思われるかも知れません。しかし、
山口真一氏は『嘘で満ちていく社会 データで読み解くフェイク時代の構造』

のなかで、年代を問わず、フェイク情報を真実だと誤解してしまう現状を

指摘しています。

 

「自分はわかっている」
「相手はわかっていない」

 

この感覚は、とても強い力を持ちます。

 

そして、ここにAIの問題が重なります。

 

AI時代における「自分は正しい」感覚との付き合い方

 

最新の11種類のAIモデルを調べたMyra Chengら(2026)の研究によれば、
AIは人間よりも平均で約50%多くユーザーの行動や判断を肯定する傾向がありました。
しかもその傾向は、操作的、欺瞞的、あるいは対人関係に害を及ぼしうる相談内容でも
見られたと報告されています。

 

さらに、事前登録済みの実験では、肯定的・同調的なAIに接した参加者は、
「自分が正しい」という確信を強める一方で、謝罪や関係修復に向けた

行動意欲が低下しました。それにもかかわらず、参加者はそのようなAIの応答を

「質が高い」「信頼できる」と評価し、再利用したいとも感じていました。

 

ここに、AI時代の危うさがあります。

 

人間同士の会話では、相手は必ずしも自分に同調してくれません。
反論されたり、表情や声の変化から違和感を抱いたりするなかで、

私たちは自分の考えを見直します。

 

しかし、AIはユーザーに心地よく応答する傾向があります。
それは便利ですが、「自分は正しい」という感覚を強めてしまう危険もあります。

 

書店で見た女性がAIに影響されていたと言いたいわけではありません。
ただ、その一場面は、現代の私たちが抱える問題を象徴しているように

感じられました。

 

自分と異なる意見に出会ったとき、私たちは批判や反論をすることはできます。
しかし、その意見を見えない場所へ追いやろうとすると、対話は失われます。

 

誰にも思想や信念はあります。しかし、それに修正の余地がないと思い込んだとき、
反対意見は検討すべき対象ではなく、排除すべきものに見えてしまいます。

 

AIをはじめとするコミュニケーション技術が発達する時代だからこそ、
自分の正しさを確信するだけでなく、不快な異論と向き合う力が
ますます重要になっているのではないでしょうか。

 

 

参考文献
山口真一(2026)『嘘で満ちていく社会――データで読み解くフェイク時代の構造』朝日新聞出版
Cheng, M., Lee, C., Khadpe, P., Yu, S., Han, D., & Jurafsky, D. (2026). Sycophantic AI decreases prosocial intentions and promotes dependence. Science, 391(6792), eaec8352. https://doi.org/10.1126/science.aec8352

表情分析に関わる資格には何があるか?―目的別に見る学び方の選択肢


 表情分析や微表情検知を学びたい方から、「表情分析の資格はありますか?」「どの資格を取ればよいですか?」と質問を受けることがあります。表情分析に関わる資格やトレーニングはいくつかありますが、それぞれ目的や内容が異なります。ここでは、表情や微表情の検知・分析に関心のある方に向けて、代表的な学習ルートを紹介します。

 

顔面筋の動きを精緻に分析したい

 

 まず、表情を最も客観的・専門的に分析したい方には、FACS(ファクス)の学習が有力な選択肢です。FACSとは、Facial Action Coding Systemの略で、日本語では顔面動作符号化システムなどと訳されます。表情を「怒り」「悲しみ」「喜び」といった感情名で見るのではなく、眉、まぶた、鼻、口などの筋肉の動きを、アクションユニット(略:AU)として記録する方法です。研究、映像分析、感情認識AIの評価、演技やアニメーションの表情設計など、顔の動きを精密に分析したい方に向いています。FACS認定は、表情を筋肉運動として客観的に観察・符号化する技能を示すものと考えるとよいでしょう。試験に合格すると、認定FACSコーダを名乗れるようになります(たとえば、学術論文等に分析者として記載されるとき、記名がA Trained FACS CoderーFACSを学んだ者ーなのか、A Certified FACS CoderーFACSを学び認定試験に受かった者ーなのかは、分析の信頼度や妥当性において大きく異なる評価を受けます)。

 

FACSを学びたい方は、是非、弊社のコースをご検討ください(6月13日開講、アーカイブあり)。

https://peatix.com/event/5008052/view

 

微表情をリアルタイムで検知するスキルを獲得したい

 

 次に、微表情や感情表出の読み取りを学びたい方には、ポール・エクマン博士に関連するトレーニングがあります。エクマン博士は、基本感情や微表情研究で知られる心理学者です。エクマン系のトレーニングでは、短時間で現れる表情変化を見分ける力や、感情と表情の関係を学ぶことができます。微表情検知を中心に学びたい方、表情から感情の手がかりを読み取る訓練をしたい方に適しています。トレーニング後のポストテストで一定のレベル(トレーニングの種類によります)をクリアすると、認定証が発行されます。

 

エクマンの微表情検知トレーニングについては、こちらを参照ください。

www.paulekman.com

 

 Humintellのトレーニングも、表情分析や微表情検知を学ぶ選択肢の一つです。Humintellは、感情表出、微表情、表情認識に関する教材やオンライン・トレーニングを提供しています。各種講義や実際の表情映像を用いた練習などもあり、微細な表情変化を識別する力を高められる点が特徴です(なお、Humitellの教材は、エクマン博士の弟子にあたるDavid Mastumoto博士が中心となり開発された最新のトレーニングです)。エクマンのトレーニング同様、英語教材に抵抗がなく、海外のトレーニングで表情・微表情検知を学びたい方に向いています。こちらもトレーニング後のポストテストで一定のレベル(トレーニングの種類によります)をクリアすると、認定証が発行されます。

 

Humintellの微表情検知トレーニングについては、こちらを参照ください。

www.humintell.com

 

弊社では、一部日本語で出来るHumintell社製のトレーニングを扱っています(現在、受注販売のみの提供)。

microexpressions.jp

 

文脈の中にある微表情を読み、アプローチ法まで考えたい

 

 日本語で、表情分析や微表情検知を実務に活かしたい方には、私、監修の交渉協会提供、表情分析プラクティショナー資格も選択肢になります。表情や微表情を観察し、相手の感情変化を読み取るための実践的なトレーニングとして位置づけられます。FACSのように顔面動作を細かく符号化するというより、表情変化を検知し、営業・商談、接客、採用、組織マネジメント等の対人場面で活用することを目的とする方に向いています。講義受講後、認定テストを受験し、100点満点中80点で資格が発行されます(なお、弊社主催4月or9月開講の「表情・しぐさ分析総合コース」とPPA Academy提供「清水建二の微表情学」も同様の学習目的で開催・開講しておりますが、資格は発行しておりません)。

 

交渉協会提供の「表情分析プラクティショナー養成オンデマンドコース」については、こちらを参照ください。

nego-analyst.jp

 

講師の専門性を見定め、安易なスキル・目的獲得を煽る資格・講座に注意する

 

 まとめますと、精緻に顔面筋の動きを分析し、心理分析等の土台にしたいなら「FACS」、微表情を素早く検知するスキルを獲得したいなら「エクマン or Humitell社の微表情検知トレーニング」、表情・微表情変化を実務場面で活用する力を養いたいなら「表情分析プラクティショナー養成オンデマンドコース」ということになります。

 

 もちろん、ここで紹介したもの以外にも、表情分析や微表情検知に関する資格・講座はあります。結論を言えば、表情分析の世界には、国家資格のように法律で定められた資格は存在しません。一方、FACSが代表的ですが、専門的な訓練を受けたことを示す民間資格や修了証、国際的に知られた認定制度は存在します。大切なのは、「資格があるかないか」だけで判断するのではなく、その資格が何を測り、どの程度の技能を保証しているのかを見極めることです。資格は勲章ではないのです。

 

 表情分析の資格やトレーニングは、相手の心を決めつけるためのものではなく、表情という手がかりをより正確に観察するための学びです。目的に合った学習ルートを選ぶことで、表情・微表情を読み取る力は、より確かな技能として身についていきます。

 

 最後に注意点を挙げるならば、「表情だけですべての本音がわかる」「嘘を確実に見抜ける」「売り上げが急増する」「悩みが即解決する」といった過度な宣伝には注意が必要です。資格名の印象だけで判断せず、何を学べるのか、実際の表情映像を使った訓練があるのか、講師の専門性は十分か、科学的知見に基づいているか、実務経験は伴っているか等を確認することが大切です。

 

弊社コース・研修に関するご相談は、下記メールアドレスまで遠慮なくお問い合わせ下さい。
弊社メールアドレス:info▲microexpressions.jp(▲を@に変えて下さい)

 

清水

「何かを言いかけるような目」は、どう演じるのかーFACSから考える表情表現のリアルとデフォルメ

 

本日は、表情の演技、つくり方、表現法について書きたいと思います。

 

ドラマやアニメなどで表情を表現するとき、人間の感情が可能な限り忠実に表れたリアルな表情がよいのでしょうか。それとも、視聴者に伝わりやすいよう、少し大きく、わかりやすく表現したデフォルメされた表情がよいのでしょうか。

 

答えを先取りすれば、その中間のどこか、ということになります。

 

表情表現は、ただ「悲しそうにする」「怒って見せる」だけでは十分ではありません。

キャラクターが何を感じているのか。その感情をどこまで見せ、どこから隠しているのか。さらに、視聴者にどのような印象や感情を喚起したいのか。こうした点を考えることで、表情はよりリアルに、かつ伝わりやすくなります。

 

忠実にリアルな表情演技が求められることもあれば、わかりやすく大きな演技が求められる場合もあります。大切なのは、リアルとデフォルメのスペクトラムの中で、その場面に最もふさわしい塩梅を読み、演出に反映させることです。

 

私が虚偽検出監修をつとめた『最後の鑑定人』(2025年7月から9月までフジテレビ系列にて放送)の第三話を題材に考えてみましょう。

 

「何かを言いかけるような目」とは、どんな表情か

 

第三話の台本に、「何かを言いかけるような目」という描写がありました。

 

これは、どのような表情にすべきでしょうか。

次のようなシーンです。

 

高倉(演:白石麻衣)が高校生だった頃の回想シーン。

「何かを言いかけるような目」を高倉に向ける絵梨子(演:高嶋菜七)。

しかし、絵梨子は何も言いません。

そしてこの後、絵梨子は自ら命を絶つことになります。

 

このとき、絵梨子はどのような表情をしているのがよいのでしょうか。

 

私は、まず次のように考えました。

 

このシーンにおける「何かを言いかけるような目」とは、単に「話しかけようとしている目」ではありません。むしろ、「助けてほしい」という苦悩・苦痛・悲しみを抱えていながら、それを声に出したくても出せない状態だと考えられます。

 

つまり、絵梨子の内面には強い感情がある。

しかし、その感情はそのまま外に出ているわけではない。

出そうとして、出せない。

そのような心理状態が、表情としてにじみ出る場面だと考えられます。

 

FACSで考えると、どのような表情になるか

 

ここで、顔面筋の動きを客観的にコード化する技術であるFACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)を用いて考えてみます。

 

苦悩・苦痛・悲しみをFACSで表す場合、代表的な候補として、次のようなアクションユニットが考えられます。

 

AU1:眉の内側が引き上げられる

AU15:口角が引き下げられる

AU17:下唇が引き上げられる

 

これらの動きが組み合わさると、悲しみ、苦悩、苦痛といった感情が表情として表れやすくなります。

 

ただし、今回の場面では、絵梨子は感情をはっきり表に出しているわけではありません。

「助けて」と言いたい。けれど、言えない。そのため、表情も大きくは出ないはずです。

 

強い悲しみの表情が顔全体に現れるのではなく、その一部だけが弱く、あるいは一瞬だけ生じる。このような表情を、強度が弱く出る場合は「微細表情」、時間が短く一瞬だけ出る場合は「微表情」と捉えることができます。

 

そして、このシーンで特に重要なのは「目」です。台本にも「何かを言いかけるような目」とあります。したがって、顔全体で悲しみを表現するよりも、目の周辺、とくに眉の内側の動きであるAU1を中心に残す表現がよいと考えました。また、AU1は、悲しみや苦痛を想起させやすく、見る側に共感や保護反応を起こしやすい表情要素と考えられます。その意味でも、この場面ではAU1が重要なポイントになります。

 

もう一つ考えられるのは、悲しみを幸福表情で隠す表情です。

私たちは、悲しみや苦しさをそのまま出さず、笑顔で隠そうとすることがあります。

その場合、顔の上半分には悲しみが残り、顔の下半分には笑顔が現れることがあります。

 

ここまでをまとめると、「何かを言いかけるような目」の表情候補は、次のようになります。

 

①「眉の内側だけが引き上げられた悲しみ表情」が弱く生じる微細表情

すなわち、AU1B

②「眉の内側だけが引き上げられた悲しみ表情」が一瞬だけ生じる微表情

すなわち、AU1Cを0.5秒以下

③「眉の内側だけが引き上げられた悲しみ表情」+「口角が引き上げられた幸福表情」

すなわち、AU1B+12C

 

ここで出てくるBやCは、表情の強度を示します。FACSでは、AからEまでの段階で顔面筋の動きの強さを示します。Aが最も弱く、Eが最も強い動きです。

 

シグナルか、サインかが、目線を決める

 

次に考えるべきは、目線です。

 

表情は顔面筋の動きだけで決まるわけではありません。

同じ表情でも、相手をまっすぐ見ているのか、目線を外しているのかによって、意味が大きく変わります。

 

目線は、興味や関心が向けられている対象を示します。

では、「何かを言いかけるような目」の目線は、どこに向けられるべきでしょうか。

 

ここで考えたいのが、

「何かを言いかけるような目」は、シグナルなのか、サインなのか

という点です。

 

シグナルとは、相手に何かを伝えるために出される表情や動作です。

一方、サインとは、本人の意図とは関係なく、内面状態がにじみ出た表情や動作です。

 

「何かを言いかけるような目」のうち、「言いかける」という部分はシグナルに近いと言えます。相手に何かを伝えようとしているからです。一方、「苦悩・苦痛・悲しみを声に出したくても出せない」という部分は、サインに近いと言えます。本人が明確に伝えようとしているというより、内面の苦しさがにじみ出ているからです。

 

つまり、この場面の表情は、シグナルとサインの中間にあります。ただし、明確に「助けて」と声に出せない状況であることを考えると、ややサイン寄りの表情と考えるのが自然でしょう。

 

もしシグナルとして表現するなら、目線は高倉に向けられるはずです。「気づいてほしい」「助けてほしい」という意図が強くなるからです。一方、サインとして表現するなら、目線は高倉から外れるはずです。本人は助けを求めたいが、求めきれない。見てほしいが、見られたくもない。その葛藤が目線に表れるからです。

 

したがって、この場面では、

高倉に少しだけ目線を送る。

しかし、高倉に気づかれそうになると、目線を外す。

また少し見る。

でも、言葉にはできない。

 

このような目線の揺れが、「何かを言いかけるような目」としてリアルではないかと考えました。

 

リアルとデフォルメのスペクトラム

 

以上で、「何かを言いかけるような目」の表情表現が見えてきます。

表情としては、次のような候補があります。

 

①AU1B

眉の内側だけが弱く引き上げられる、微細な悲しみ表情。

②AU1Cを0.5秒以下

眉の内側だけが一瞬引き上げられる、微表情としての悲しみ表情。

③AU1B+12C

目元には悲しみがありながら、口元では笑顔をつくろうとする、悲しみを隠す表情。

 

これらの表情に、相手を見る・外すという目線の動きを組み合わせることで、「何かを言いかけるような目」に近づけることができます。

 

もちろん、実際の演技では、これをそのまま機械的に再現すればよいわけではありません。映像作品では、カメラの距離、照明、編集、俳優さんの顔立ち、演出意図、視聴者にどこまで伝えたいかによって、適切な表現は変わります。

 

たとえば、リアルさを優先するなら、AU1は弱く、一瞬だけ出る程度がよいかもしれません。しかし、視聴者に「この子は何かを抱えている」と確実に伝えたいなら、少し強めに、あるいは少し長めに表現する必要があります。ここが、リアルとデフォルメの調整です。

 

現実の表情に忠実すぎると、視聴者に伝わらないことがあります。一方、わかりやすくしすぎると、今度は不自然になります。その中間のどこに置くか。そこに、表情表現の面白さと難しさがあります。

 

表情監修では、どのように伝えるのか

 

上記のような説明を、私は必要に応じて簡略化し、台本に書き込み、ドラマ演出部へ共有します。その際、言葉だけで説明を伝えても、現場では使いにくいことがあります。ですので、専門的な説明に加えて、実際の表情の静止画や動画を添えることもあります。また、私自身の表情を用いて、撮影現場で俳優さんに演技指導をさせていただくこともあります。

 

大切なのは、科学的に正しい表情を押しつけることではありません。表現したいキャラクターの心理を土台にしながら、科学的知見を使って表情の候補を整理することです。

 

そのうえで、視聴者が見てわかるか。

視聴者にどんな気持ちを喚起したいか。

カメラワークはどうか。

何秒のシーンか。

俳優さんが自然に演じられるか。

作品全体のトーンに合っているか。

 

こうした点を総合的に考え、最終的な表情表現が決まっていきます。

 

本番ではどのような表情になったでしょうか。

ぜひ『最後の鑑定人』第三話をご覧ください。

 

表情は「読む」だけでなく「つくる」こともできる

 

以上のような感じで、私は表情表現を考えています。FACSというと、表情を分析するための方法だと思われることが多いかもしれません。もちろん、それは重要な使い方です。しかし、FACSは表情を「読む」ためだけのものではありません。表情を「つくる」ためにも使うことができます。

 

演技、アニメーション、プレゼン、スピーチ、接客、研修など、表情を意識的に設計する場面は多くあります。そのときに大切なのは、単に「笑顔にする」「悲しそうにする」と考えることではありません。どの感情を、どの程度、どの部位に、どのくらいの時間、どのような目線や姿勢と組み合わせて表現するか。ここまで考えることで、表情表現はより具体的になります。

 

表情をつくる際の参考にしてみてください。

 

追伸

今回の記事で紹介したように、FACSは「表情を読む」だけでなく、「表情を設計する」ためにも活用できます。

 

2026年6月13日(土)開講「感情推測・表情生成のためのFacial Action Coding System12時間速習コース」のお申込みを開始しました。

 

独学で50時間から100時間以上かけて学ぶFACSコーディングの方法を、頻出AU・実例・演習に絞って12時間で集中的に学びます。少人数制のため、質問や個別の関心に応じた解説も行います。FACSを認定試験、感情認識AI、表情分析、演技、アニメーション、スピーチなどに応用したい方にとって、今後の学習と実践の土台となる内容です。

 

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清水