オカマバーに行って来たときの話。
ある飲み屋街の一角にオカマバーがあった。
男性同性愛者バーと書いた方が、ポリコレ的には正しいのだろうけど、その店の看板にオカマバーと目立つように書かれてあったため、オカマと呼ぶ方が敬意を示していることになると思料。
バーに入ると、カウンターに店主。ピンクと白のドレスに身を包んだおじさん。小柄で化粧はバッチリだけど、10メートルくらい離れていればわからないかも知れないけど、この距離だと、おじさん。
「はじめて?」
「はい」。
「こちらにどうぞ」。
料金説明をしてもらい、飲み放題に入っている赤ワインをオーダー。
店には、店主の彼女と私のみ。
この店は、コロナが日本に蔓延するちょっと前に開店したんだとか。
「タイミング最悪ね」。
「営業出来ていたんですか?」
「まぁ、常連さんが来てくれたから」。
「常連さんというと、前のお店からの?」
彼女は、関西某所のオカマバーで一従業員としてずっと働いていたようで、ついに独立。
お互いの身の上話をしていたところ、お客さんが一人入店。
「今、他のお客さんがいるから、あまり接客できないけど」。
彼女は、女性のお客さんにあまり関心がない様子。その女性のお客さんのオーダーを取り、オーダーの飲み物をそのお客さんの前に置くと、私の前に戻ってきた。
彼女と私が、他愛もない話をしているのを、二つ空けた席から声もなく微妙に頷く女性のお客さん。
居心地が悪くなって来た。そんなに話も盛り上がらない。帰りたくなってきたけど、帰るには悪いくらい早い。
「ちょっと、あなた、40にもなって『一杯いかが?』とか言えないの?」
言える。言えますよ。普段は。言い過ぎるくらい言ってますよ。
っていうか、ジェンダーという常識は破っても、年齢という常識は破らないのね、
と思う。
「じゃあ、一杯どうぞ」。
「ありがと」。
この店の看板に占いが出来ると書いてあったのを思い出す。
「占い出来るんですか?」
「タロット、手相、姓名判断、色々できるわよ。小学生の頃からやっているの」。
「そうねぇ、あなたは、頑固なところがある…。でも、ときに驚くほど柔軟な発想も出来る。どう?思い当たるでしょ?」。
コールドリーディングかよ!
と心の中で盛大に叫ぶ。
でも、お願いする。お願いしないと間が持たない。
「じゃあ、お願いします」。
「はい、3,000円」。
「え?今、払うんですか?後でまとめて」。
「サービスだから」。
色々モヤモヤするものの、お願いする。
全く印象に残らないほど、内容は覚えていないが、唯一覚えていることがある。
「あなた、26歳か27歳のときに人生を左右する出来事があったでしょ?」
「はぁ…」。
「あったはず」。
じっと、私の目を見る店主。
虚ろな目で見返す私。
平均的に社会人になって5~6年の男性なら、仕事に慣れ、部下が出来、信頼も集まって来る。
大きなプロジェクトを任されたり、自分の可能性を再考し、転職を決意したり。
ビジネスパートナーが見つかって独立、なんて考えるのもこの時期かも知れない。
プライベートでは、将来の伴侶も見つかる時期というのもあるかも知れない。
一方、そのときの私は、大学院生真っ只中。
そのときの出会いや出来事を一つ一つ取り上げて、
今に通じる価値を事細かに洗い出し見出そうと思えば、見つかるかも知れない。
しかし、そうした多大な努力をしなければ、その可能性すら判断できないレベルである。
もう帰ろう。
「じゃ、お会計お願いします」。
「はい、ちょっと待ってね…え~と、シャンパン頂いたから、2万1千円ね」。
シャンパン飲んでたのかよ。
と心の中で呟く。
「カード使えますか?」
「うちカード使えないの。現金でお願いね」。
「現金あったかな?」
「40なら10万くらい財布に入れておくものでしょ」。
やはり、彼女にとって、年齢という常識は、鉄壁のようだ。
「はい、じゃあ、これで」。
どっと疲れた。
店外まで見送りに来てくれた彼女。
「今日は、ありがとう。そうそう、今週末でこの店閉めるの。また縁があったらどこかで会いましょう」。
コロナ禍直前に店を開き、収束し始めたタイミングで店をたたむ。
占いは!!
清水建二