一時期、困り顔という表情が流行りましたよね。困ったように見える表情の作り方やメイクの手法がメディアなどで紹介されていました。困り顔、もとい困り表情の平均的な表情を具体的に記述すると、
眉の内側が引き上げられる+眉が中央に引き寄せられる+下唇が引き上げられる+唇が上下からプレスされる、
というふうになります。鏡に向かって自分でこの表情を作ると、ハノ字眉が目立ち、眉間と唇にやや力が入っている様子がわかると思います。
眉の内側が引き上げらる動きは悲しみ感情を、眉が中央に引き寄せられる動きは熟考を、下唇が引き上げられる+唇がプレスされる動きは悲しみ・感情抑制・熟考を意味します。この表情を言語化するならば、
「私、助けを求めています。どうやってこの苦境から抜け出せられるか考えています。でも、この想い、上手く口に出して表現出来ません。」
こんなところになるでしょう。
表情には周りの人に特定の行動を仕向ける機能があります。笑顔を見れば、私たちはその人に近づきます。怒り顔を見れば、私たちはその人から遠ざかります。困り顔を見れば…私たちはその人を助けたくなるのです。
つまり、困り顔をすることで、他者から庇護を与えてもらえる可能性を高めることが出来るのです。この、ある表情がある行動を誘発させるという関係が、犬と人との間にもあることが知られています。
犬の保護施設にケージに入れられた様々な犬がいます。その犬に研究者が近づきます。そうすると、犬たちは(人間で言うところの)眉の内側を引き上げ、ハノ字眉を見せたり、しっぽを振ったりします。各犬毎にその動きの頻度と継続時間を計測しておきます。そしてそれらの数値とこの施設の犬たちが新たな飼い主を見つける日数とが比べられます。
すると、眉の内側を引き上げる頻度が高い犬ほど、早く新しい飼い主を見つけられることがわかりました。また意外なことに、しっぽをどれくらい振るかについては飼い主を見つける日数とはあまり強い関係がないことがわかりました。
困り犬顔を向けられた私たちは、その犬を助けたくなってしまう、と考えられるわけです。
この研究の根底には進化や適応の話があります。実は、オオカミがどのように人間に飼いならされるようになったかについてはよく知られていません。
牙をむき出しにし怒り顔で人間と戦っているよりも、困り顔を「見せ」(たまたま困り顔になったのか、意図的か、本当に困っていたのかはわかりません)、人間に飼ってもらった方が、オオカミは自己の生存確率を上げ、遺伝子を残すことに成功したのかも知れない、そんなふうに考えられています。
ただ、現代の犬たちが意図的に困り顔を私たちに見せ、私たちの行動を変えようと考えているのかはわかりません。ドリトル先生に聞くか、バウリンガル進化版の開発を待ちましょう。
清水建二
参考文献
Waller BM, Peirce K, Caeiro CC, Scheider L, Burrows AM, McCune S, et al. (2013) Paedomorphic Facial Expressions Give Dogs a Selective Advantage. PLoS ONE8(12): e82686. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0082686