人の顔は古くから様々な興味の対象であり続け、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)も『絵画論』で顔の様態の一般的な原則について考察しています。そして18世紀には骨相学が流行り始めたとの記録が残っております(池田, 1987)。
顔の表情に関する科学的研究は、1872年に出版されたチャールズ・ダーウィンによる『人及び動物の表情について』とともに幕開けしました。この本の中でダーウィンは、普遍的な表情の存在や表情と感情の関係性について論じています。ダーウィンの表情に関する考え方が、その後の表情研究にどのような足跡を残したか、本日はEkman(2003)の論文をもとにダーウィンが残した2つの仮説についてみていきたいと思います。
①「抑制仮説」
「意図的に動かせない表情筋の動きは、感情が刺激された時、その動きを抑制することができない。」
これを「抑制仮説」と呼びます。この仮説は長らく実証されてきませんでしたが、後の科学的な検証によって正しいことがわかりました。
自由に動かすことが難しい顔の筋肉があることが、長年の研究により知られています。もしダーウィンの「抑制仮説」が正しければ、そうした顔の筋肉の動きは、感情を抑制しても動いてしまい、真の「感情の漏れ」として探知することができると考えられます。実際、感情を抑制する実験においてこれらの顔の筋肉の動きは抑制しきれないことが実証されました。
②「顔>身体漏えい仮説」
「何らかの感情が湧き起こった時、身体の動きはその感情が出ないように簡単に抑制できるが、顔の表情はできない。」
これを「顔>身体漏えい仮説」と呼びます。この仮説は現段階において支持されていません。他者の本心を知る上で、特別な場合を除いて基本的には身体の方が信頼できる情報源となることがわかっております。
ウソ探知力を測る実験において、ある映像を視聴している女性たちがウソをついているか真実を述べているかを実験参加者に判定してもらいました。映像を視聴している女性たちの半分は自然の風景の映像を視聴しており、半分は吐き気をもよおすような映像を視聴していました。映像を視聴している女性たちは、その映像の種類に関わらず、「私は今、自然の風景の映像を観ています。」と述べてもらいます。つまり、自然の風景の映像を視聴している女性たちは「真実」を述べており、吐き気をもよおすような映像を視聴している女性たちは「ウソ」を述べていることになります。
実験の結果、実験に参加していた判定者たちは、顔より身体の動きを頼りにしていた方が、ウソを正確に見抜くことができました。
しかし、「微表情」を探知する能力が高い特別な人々にとっては、ウソを探知する上で、身体よりも顔の方が信頼できる情報源となることがわかりました。
したがって、「顔>身体漏えい仮説」は原則的には支持されないが、「微表情」読解能力が高い一部の人にとっては、この仮説は支持できるものとなる、と言えます。
清水建二
参考文献
Darwin, deception, and facial expression
Ann N Y Acad Sci. 2003 Dec;1000:205-21.
池田進(著)(1987)『人の顔または表情の識別について 上』関西大学出版部