「握手会が終わっても自宅に帰った後、いつの間にか笑顔になっているんです。」
とあるアイドルの子が言っていたのを聞き、実に興味深い現象だと思いました。そのアイドルの握手会では、メンバーの子たちは一日中たくさんのファンと握手します。メンバーの子たちの表情はもちろん笑顔です(塩対応という笑顔ではない「ファンサービス」もあるようですが…)。一日中、笑顔です。
握手会が終わっても無意識に笑顔になってしまうという現象。つまり、もう笑顔というサービスが必要ではない状況でも笑顔になってしまうという現象なのです。
過去の時点(=握手会)で形成された笑顔という表示規則(多分、ですけど)が、現在(=自宅)でも残り続ける。過去の時点では意味のある表情のルールでも、現在では特にそのルールに則る必要はないのです。
これを物理的に推論すれば、笑顔を形作る大頬骨筋と眼輪筋とが一日中動き続けることで、表情筋の運動がいわば残像のようなものとして自宅に帰って来ても動き続けている、ということなのかも知れません。
自分で言っていてもこうした現象があり得る可能性にちょっと驚きを隠せないのですが、私がより気になるのは、心理的な側面です。
感情はムリをし続けるとバーンアウトと言って、心が疲弊し燃え尽きてしまいます。そこから心の病を患ってしまう方もいるのです。
ただ、感情に無理をする仕事をしている方がバーンアウトになってしまう例は聞いたことがあるのですが、冒頭の表情筋の、いわば持ち帰り現象の例は初めて耳にしたので、心理的にどんな影響があるのだろうか?と疑問に思ったのです。
アイドルの子たちの仕事中(=握手会中)の本当の感情は、私にはわかりません。ファンとの交流を本当に楽しいと思うこともあるでしょうし、そうではないときもあるかも知れません。
感情労働(=接客や営業など)に従事している方々の心理的な影響を調査した研究によると、仕事中に嫌な想いをして感情を抑制して受ける心理的影響よりも、仕事が終わってもその嫌な想いを持ち続けている方が心理的に悪影響があるということがわかっています。
つまり、嫌な感情を仕事を終えた後に持ち帰ってしまっていることに問題があるのです。
それで冒頭の例に戻るのですが、表情筋が勝手に笑顔になるのは、表情筋の持ち帰りだけれども、これも感情の持ち帰りと言えるのだろうか?楽しくなくても笑顔を作ると本当に楽しく感じられるというフィードバック仮説もある、しかし、それをやり過ぎるとバーンアウトになる例もあるし。やはり、表情筋の残像程度では心に影響を与えるレベルにはいかないのだろうか…等々と疑問が頭をグルグルと回り続けているのです。
結論出ません。
調査継続です。
清水建二
参考文献
感情労働について理論と現場の声を紹介している科学と経験のハイブリッド本。感情労働について理解を深めたい方には、感情労働関連の書籍の中では最もオススメの本です。