微表情

フラッシュのように一瞬で表れては消え去る微妙な表情、微表情。このブログでは、微表情、表情、顔を始めとした非言語コミュニケーションの研究や実例から「空気を読む」を科学します、「空気」に色をつけていきます。

反対意見を見えなくしたくなるとき――書店での一場面から考えた、AI時代の「自分が正しい」感覚


ある日、書店で新刊を眺めていると、

書店には少し似つかわしくない、不穏な声が聞こえてきました。

 

60代くらいの女性(以下、女性):なんでこの本が平積みなのか知りたいの。
書店員:新刊で売れそうな書籍は、このように並べております。
女性:高市政権の怖さをみんな知らないから、置けるのよ。
書店員:政権を応援する書籍も批判する書籍も、
関連書籍として同じ所にまとめて並べておりますので、政治的な意図はございません。
女性:私が見た本屋で、こんな平積みで売っていたところは、

ここと○○書店しかなかった。ジュンク堂では平積みじゃなかったわ。

 

こんなやりとりを耳にしました。

 

声を荒げているわけではありませんでした。怒鳴っているわけでもありません。
けれども、怒りを抑えながら、冷たく抗議しているようでした。

 

私が覚えた静かな恐怖

 

その女性が何を背景にそうした発言をしたのかはわかりません。
政治的な問題意識を持つこと自体は自由です。高市政権を批判することも、
政権を応援する本に違和感を持つことも、当然、自由です。

 

しかし、ある言説を
「目立たないようにしてほしい」「人目に触れにくくしてほしい」と
働きかけることには、慎重であるべきです。

 

これは、高市政権を支持するか否かの話ではありません。
どの政権であれ、賛成本も批判本も、
同じ空間に存在できることが、民主社会の前提だと思うのです。

 

表現の自由という言葉が浮かびます。

 

近年、政治家の講演を阻止しようとする脅迫事案が起こりました。
過激な言動をとる政治家が襲撃された事件もありました。

 

自分とは正反対の意見であっても、その表明の自由は尊重する。
嫌いな意見であっても、それが書店に並ぶ自由は認める。
その上で、批判したければ、批判する。

 

この順番が崩れると、自由な討論の土台そのものが崩れ去ってしまいます。

 

自分の経験を「社会の真実」にしてしまうとき

 

書店で出会った女性の発言のなかで、もう一つ気になったことがあります。

 

「ここと○○書店しかなかった。ジュンク堂では平積みじゃなかったわ」

 

という言葉です。

 

もちろん、自分の足で見て回ること自体は大切です。

現場を見ることには意味があります。

しかし、自分が見た範囲だけで社会全体の傾向を判断してしまうと、

世界の見え方は簡単に歪みます。自分の経験は大切ですが、

自分の経験が世界の代表であるとは限りません。

 

これは、政治の問題に限りません。

 

フェイク情報が人々の行動を左右する現代において、
私たちはしばしば「自分が見たもの」「自分の周囲で共有されているもの」を、
社会全体の真実のように感じてしまいます。

 

SNSで拡散されたフェイク情報に影響されるのは、

若者に限定されると思われるかも知れません。しかし、
山口真一氏は『嘘で満ちていく社会 データで読み解くフェイク時代の構造』

のなかで、年代を問わず、フェイク情報を真実だと誤解してしまう現状を

指摘しています。

 

「自分はわかっている」
「相手はわかっていない」

 

この感覚は、とても強い力を持ちます。

 

そして、ここにAIの問題が重なります。

 

AI時代における「自分は正しい」感覚との付き合い方

 

最新の11種類のAIモデルを調べたMyra Chengら(2026)の研究によれば、
AIは人間よりも平均で約50%多くユーザーの行動や判断を肯定する傾向がありました。
しかもその傾向は、操作的、欺瞞的、あるいは対人関係に害を及ぼしうる相談内容でも
見られたと報告されています。

 

さらに、事前登録済みの実験では、肯定的・同調的なAIに接した参加者は、
「自分が正しい」という確信を強める一方で、謝罪や関係修復に向けた

行動意欲が低下しました。それにもかかわらず、参加者はそのようなAIの応答を

「質が高い」「信頼できる」と評価し、再利用したいとも感じていました。

 

ここに、AI時代の危うさがあります。

 

人間同士の会話では、相手は必ずしも自分に同調してくれません。
反論されたり、表情や声の変化から違和感を抱いたりするなかで、

私たちは自分の考えを見直します。

 

しかし、AIはユーザーに心地よく応答する傾向があります。
それは便利ですが、「自分は正しい」という感覚を強めてしまう危険もあります。

 

書店で見た女性がAIに影響されていたと言いたいわけではありません。
ただ、その一場面は、現代の私たちが抱える問題を象徴しているように

感じられました。

 

自分と異なる意見に出会ったとき、私たちは批判や反論をすることはできます。
しかし、その意見を見えない場所へ追いやろうとすると、対話は失われます。

 

誰にも思想や信念はあります。しかし、それに修正の余地がないと思い込んだとき、
反対意見は検討すべき対象ではなく、排除すべきものに見えてしまいます。

 

AIをはじめとするコミュニケーション技術が発達する時代だからこそ、
自分の正しさを確信するだけでなく、不快な異論と向き合う力が
ますます重要になっているのではないでしょうか。

 

 

参考文献
山口真一(2026)『嘘で満ちていく社会――データで読み解くフェイク時代の構造』朝日新聞出版
Cheng, M., Lee, C., Khadpe, P., Yu, S., Han, D., & Jurafsky, D. (2026). Sycophantic AI decreases prosocial intentions and promotes dependence. Science, 391(6792), eaec8352. https://doi.org/10.1126/science.aec8352