前にも似て非なる感情群として、恥と罪悪感とを比べたと思います。
本日のブログは、少し異なる観点から、かつ、種類を増やして、似て非なる感情の違いをご紹介させて頂こうと思います。
思い上がりと誇り、恥と罪悪感、何が違うと思いますか?
みなさんが関わる会社のプロジェクトが成功したときのことを想像してみて下さい。
自分の功績はどの程度でしょうか?
①そのプロジェクトの成功は全て自分の存在のおかげだと思う。
②そのプロジェクトの成功は自分のある行為のおかげだと思う。
①のとき、思い上がり、を感じます。
②のとき、誇り、を感じます。
それでは逆に、
みなさんが関わる会社のプロジェクトが失敗したときのことを想像してみて下さい。
自分の責任はどの程度でしょうか?
③そのプロジェクトの失敗は全て自分の存在のせいだと思う。
④そのプロジェクトの失敗は自分のある行為のせいだと思う。
③のとき、恥、を感じます。
④のとき、罪悪感、を感じます。
こうした状況のこうした感情、なんとなく、直感的に、頷けると思います。
科学的にはどう説明できるのでしょうか?
Lewis(1995)は次のように、思い上がり、誇り、恥、罪悪感の違いを説明します。
物事に成功したとき、成功の原因が自分の存在(being)だと考える場合(成功の成果を自分に全体的に帰属する場合)、思い上がりが生じると言います。一方、成功の原因が自分の特定の行動(doing)だと考える場合、誇りが生じるといいます。なお、誇りが生じる場合、成功の原因を他の人のおかげだとも感じているため、謙遜の念を併せ持つとしています。
それでは、物事に失敗したときはどうでしょうか?
失敗の原因が自分の存在だと考える場合、恥が生じるといいます。一方、失敗の原因が自分の特定の行為だと考える場合、罪悪感が生じるといいます。恥と罪悪感を比べると、恥は部分を超えた全責任、自己存在の全否定につながり、罪悪感は自己に帰属する部分的な責任を感じることになります。
上記のロジックから類推するに、
思い上がりを感じている人には、特定の功績を認めつつ、謙虚さを促し、
誇りを感じている人には、その功績を手放しで称賛し、
恥感情を感じている人には、包括的な優しさで、その人の自己肯定感の回復を
罪悪感を感じている人には、明確な解決策の提示で、その人の反省を促す、
そんな対応が良いのかも知れません。
清水建二
参考文献
Lewis, M. (1995). Shame: The exposed self. New York: Free Press.