朝、家族とケンカした、電車が遅延して会社に遅刻した、昨日の夜よく眠れなかった…そんな体験から生まれたネガティブな感情が尾を引きずり、一日中ずっとイライラすることなんてありませんか?
逆に、人に親切にされた、自分の仕事が認められた、努力が実を結んだ、宝くじで2,000円当たった…そんな体験から生まれたポジティブな感情がその後、良い気分へと変わり、その日一日を幸せに過ごせた、そんな経験はどうでしょうか?
こうしたある感情が別の感情へと変化するのを拒む程度のことを、情動慣性と呼びます。
情動慣性は程度の差こそあれ誰でも持っているものですが、性格傾向や病理状態によってその程度は大きく変わります。
Kuppensら(2010)の調査によると、自尊感情が低い、もしくはうつ傾向の人々は、そうした傾向を持たない人々に比べ、情動慣性が高いことがわかっています。またその慣性が向かう方向は、ポジティブ感情・ネガティブ感情、両方について当てはまる、と結論付けています。
これは何を意味するかと言うと、自尊感情が低い人やうつ傾向のある人は、ある感情を一旦感じたならば、環境の変化が生じても、とどのつまり他の感情が想起されるような別の出来事に遭遇しても、最初の感情が尾を引き、最初のとは別の感情状態に変化しにくい、ということです。
ネガティブ感情が尾を引いてしまうということは問題ですが、ポジティブ感情が尾を引くということはむしろ良いことなのではないかと思えます。
しかし、感情というものは、環境の変化に応じて適応するように出来ているものです。私たちは生き残りをかけ、環境の変化に応じて様々な感情を発動させるように感情を進化させてきました。ですので、ネガティブ感情・ポジティブ感情問わず、環境の変化に応じて感情が変化することの方が、健全な状態なのです。
ある環境や出来事に対し、自分の身体がどう反応するかわからない、自分が何を感じるかわからない、その苦しさというものは想像を絶するものです。
残念ながら病理現象に対し、私は処方箋を持っていません。
しかしそこまでいかなくても、情動慣性が高まりつつある、つまり、自分の感情が鈍感になっている、以前と比べて様々な出来事に感動しなくなってきている、と自覚しているならば、ご自分の感情生活を今一度見直す時間を持ってみるのと良いかも知れません。
ココロに隙間、ありませんか?
清水建二
参考文献
Kuppens, P., Allen, N. B., & Sheeber, L. B. (2010). Emotional inertia and psychological maladjustment. Psychological Science, 21, 948-991.