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微表情

フラッシュのように一瞬で表れては消え去る微妙な表情、微表情。このブログでは、微表情、表情、顔を始めとした非言語コミュニケーションの研究や実例から「空気を読む」を科学します、「空気」に色をつけていきます。

「くすぐったい」は幸福か苦痛か?

 

みなさん、くすぐられていますか?

 

…。

 

まぁ、大人になってくすぐられることはあまりないと思います。しかし、子どものころ誰もが身近な人にくるぐられたり、くすぐったりした経験があると思います。

 

ところで、この「くすぐられる」という経験は、幸福ですか、苦痛ですか?

 

経験的に言えば、笑顔でじゃれ合っているイメージがあるので、幸福のような気がします。しかし、くすぐられる行為が苦痛だと感じる人もいるようで、話はそんなに単純ではありません。

 

科学はこのくすぐられるという行為にどのような解答を用意しているのでしょうか?

 

興味深いことにくすぐられている人間の表情を分析すると、幸福と嫌悪と苦痛が混在した表情になることがわかっています。

 

具体的に記述すると、くすぐられている人の顔とは…

 

「口角が引き上がる」+「頬が引き上がる」+「まぶたに力が込められる」+「鼻にしわが寄る」+「上唇が引き上げられる」+「口角が水平に引っ張られる」+「唇が上下からプレスされる」

 

というものです。

 

実はこの表情に対する「なぜ」は、まだよくわかっていないのです。

 

私の解釈は次の通りです。

 

くすぐられている状態は、他人にデリケートな部分に触れられているため不快感を抱く。しかし、それが遊びであることを知っているから楽しい状態になる。

 

そんなふうに考えました。

 

くすぐる、動物で言えば、じゃれ合うという行為は、狩りの代替行為です。狩りはデリケートな部分を攻撃します。デリケートな部分は攻撃に弱いからです。したがって、デリケートな部分に触れられることに本質的な不快を感じます。しかし、遊びであることを知っているから笑顔になるのではないかと思うのです。

 

突然、見ず知らずの他人をくすぐってみたら(=つまり、遊びかどうかわからない状況)、私の説の妥当性を考慮する材料になるかも知れませんが、そんなことをする勇気はないので止めておきます。

 

 

清水建二

参考文献

Harris, C. R., & Alvarado, N. (2005). Facial expressions, smile types, and self-report during humour, tickle, and pain. Cognition and Emotion, 19(5), 655-669